ブリリアント・コーナーズ/セロニアス・モンク
モンクの個性がサイドマンの潜在的個性をも引き出した
密度が濃く、なおかつ多彩な曲群、そして、モンク独特の味わいのあるアルバムだ。
あらゆる要素が渾然一体と、まるで闇鍋のように放り込まれ、グツグツと特濃な仕上がりに料理されているのに、それでもモンク風に仕上がっているところが、不思議で面白い。
ほとんどのジャケットで、帽子をかぶっているモンクだが、このアルバムのモンクは、珍しく帽子もかぶっていなければ、サングラスもかけていない。
そのかわり、たくさんのモンクが増殖して、グルグルと笑顔で回っているジャケットは、不気味を通り越して笑える。
ユーモラスでいて、なんだかワケの分からなさも潜んでいるところなど、彼の音楽そのものだと思う。
タイトル曲の《ブリリアント・コーナーズ》は、一言で言えば、「怒涛の“なんじゃこりゃミュージック”」とでも言うべきか。
33小節というヘンなサイズのテーマは(普通は偶数小節が1コーラスの楽曲が圧倒的に多い)、メロディも奇妙に歪んだ印象を受ける。
ソニー・ロリンズとアーニー・ヘンリーのサックスの二重奏に加え、モンク特有の不協和音的なピアノが混ざった、それはそれは、ブ厚く濁った鈍重なサウンドだ。
かと思うと、テーマが1コーラス終わると、一転して倍速のテンポにチェンジ。
そして、軽快なテンポに耳が慣れはじめたところ、1コーラスが終わり、再び元のテンポに逆戻り。
この落差、この「落とし」っぷりの巧みさは、たしか『ジャズ批評』だったと思うが、モンクのことを「セックスの業師の如く」と評されていたことを思い出すが、それ以上に、この緩急は「SMの業師」レベルかもしれない(なんのこっちゃ?)。
アーニー・ヘンリーというアルト・サックス奏者は、31歳という若さで亡くなったことも手伝って、彼が参加しているアルバムは極端に少ない。
だから、知名度もそれほど高いとは言えない人だが、“『ブリリアント・コーナーズ』でアルトを吹いていた人”ということでは、けっこう有名だ。
名前は知らなくても、「ああ、あの人ね」という反応が返ってくることが多い。
それほど、このアルバムでの彼のプレイは、強烈な印象を残しているのだろう。
実際、『ブリリアント・コーナーズ』での彼のプレイは「やばい」(笑)。
やばい上に、妖しさも醸しでている。
彼のリーダー作を聴けば分かるのだが、もとより、エッジのとがったアルトを吹く人だが、「モンク効果」が加味されることによって、「やばさ」により一層磨きがかかっているのだろう。
同様のことはロリンズにも言える。
いつもの余裕たっぷりのプレイとは言いがたい。
しかし、不思議なことに、ロリンズらしくないといえば、まったくそんなことはないし、彼の演奏がダメなのかというと、むしろ良いのだから、不思議といえば不思議だ。
「モンク・マジック」とでも言うべきか。
つまり、モンクが「ぽん!」と投げかけたた問題を、ロリンズ、アーニー・ヘンリーらサイドメンが必死になって読み解こうとする。
モンク自身は、気軽に投げたつもりなのかもしれないが、他のジャズマンにとっては、不可解で、恐るべき難問。
懸命に解読を試み、さらに、演奏に自分らしさを出そうと、必死にモンクという重力圏から自由になろうとする。
自然、演奏に緊張感が漂う。そして、この緊張感も一流のジャズマンの手にかかれば、プラスに作用するのだ。
モンクの作った曲のこと、当然ながら、雰囲気においては、モンク色が強いことは否めないが、だからといって、モンクの曲がメンバーの個性を抑圧しているとも思えない。
メンバーに自由に演奏させつつ、ちゃっかり自分のカラーを出させてしまっている。
それも、マイルスのような「冷徹な編集の眼差し」による結果でもなく、どうやら「天然にそうなちゃった」的な感じがするので、もし本当にそうだとすれば、それは相当にスゴイことだと思う。
もちろん、それは共演者のレベルが相当に高くなければ実現しえない話で、この『ブリリアント・コーナーズ』が名盤たるゆえんは、サイドマンの個性を最大限に発揮させつつも、モンク的なカラーが濃厚に漂っているという矛盾が、ベストな演奏な形となって昇華されているからだろう。
私の場合は、何はさておいてもタイトル曲の「ヘンな魅力」ゆえに、このアルバムがお気に入りだが、『ブリリアント・コーナーズ』が好きな人の中には、ソロで演奏されている《アイ・サレンダー・ディア》が良いから好きだという人もいる。
たしかに、不思議な味わいのある演奏だと思う。
最初は、とっつきにくく感じるかもしれないが、モンク流の「美」は、底なしに深い。
超スローなテンポで演奏されている、《バルー・ボリヴァー・バルーズ・アー》も、重厚で、気だるくスイングしているので、私は好きだ。
私は、ここでのロリンズのソロが好きだが、アーニー・ヘンリーのソロもいい味出している。
ロリンズのソロを喰ってしまうんじゃないかと思うほど、印象的なプレイをしている。クラスの中で、目立たない男の子が、実は、泣くと一番強かった、といったような感じだ(なんのこっちゃ)。
モンクが右手でチェレスタを弾いている《パノニカ》は、こんなにも臆面もなく可愛らしくて、ロマンス全開でいいのかしら?というぐらい、ストレートに情感がこぼれ出ている演奏だ。
モンクのチェレスタに2つの管楽器がかぶさる瞬間がとても好きだ。
「おおお、きたきたきた!」ってな感じで。
最後の曲、《ベムシャ・スイング》では、ベースがポール・チェンバースに変わっている。
オスカー・ぺティフォードからチェンバースに変わった理由は、どうやら、モンクとの喧嘩のようだ。
喧嘩の原因は不明だが。
さらに、アルトのアーニー・ヘンリーが抜け、トランペットのクラーク・テリーが加わっている。
個人的には、流麗なクラーク・テリーのトランペットは、モンクと相性が良いと思っている。
特にテリーのリーダー作『イン・オービット』などは、互いの個性を殺しあわずに、モンクらしさ、テリーらしさが最大限に発揮された名盤だと思っている。
ただ、ここでのテリーのプレイは、『イン・オービット』ほど、奔放ではない。悪くはないのだが……。
この曲の目玉は、なんといっても、マックス・ローチのティンパニーだろう。豪快、強烈だ。そして、演奏に面白い効果を与えていると思う。
いつも疑問に思うのだが、後年、モンクは《ブリリアント・コーナーズ》をライブなどで再演していない。
なぜなのだろう?
このバージョンが最高で、これ以上のものは生まれないだろうという判断からなのだろうか?
それとも、作曲者自身にとっても、弾くのが難しかった?(笑)
もっと、モンク自身による、様々なバージョンの《ブリリアント・コーナーズ》を聴きたいと思っているのは、きっと私一人だけではあるまい。
記:2002/05/18
album data
BRILLIANT CORNERS (Riverside)
- Thelonious Monk
1.Brilliant Corners
2.Ba-Lue Bolivar Ba-Lues-Are
3.Pannonica
4.I Surrender,Dear
5.Bemsha Swing
Track 1-3
Thelonious Monk (p,celeste)
Ernie Henry (as)
Sonny Rollins (ts)
Oscar Pettiford (b)
Max Roach (ds)
1956/10/09 & 15
Track 4-5
Thelonious Monk (p)
Clark Terry (tp)
Sonny Rollins (ts)
Paul Chambers (b)
Max Roach (ds)
1956/12/07