クリフォード・ブラウンが奏でるトランペットの素晴らしさ~ビギニング・アンド・ジ・エンド
やはりラストの《ドナ・リー》が凄い!
このアルバムの後半3曲は、長らく死の直前の演奏とされていた。
クリフォード・ブラウンは、この演奏を終えた数時間後に、交通事故でこの世を去ってしまったという話が、つい最近まで信じられていたのだ。
だからこそ、彼の最初と「最後」の演奏をカップリングした(つもりの)、『ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド』というアルバムが発売されたわけだが、実際にこの演奏が行われたのは、彼の死の1年前だということが最近判明した。(出典:ニック・カタラーノ・著/川嶋文丸・訳『クリフォード・ブラウン~天才トランペッターの生涯』/音楽之友社)。
ということは、アルバムのコンセプトそのものが根底から崩れてしまったわけだが、それは最後の演奏とされていた時点での企画だから仕方がない。
そのうえ、これら3曲の名演に対しては、とりたてて「生涯最後の演奏」といったキャッチを交えて語る必要すらないといえる。
1955年5月31日。
演奏場所はフィラデルフィアのライブハウス。
地元の名も無いミュージシャンたちと行われた気ままなジャムセッションで、熱狂する観衆の声も聞こえるとおり、なかなかに盛り上がったライブだったということがわかる。
正式に録音された音源ではないので、音質は良いとは言えないが、それを補って余りあるのがライブの熱気と、それに煽られたかのような勢い溢れる演奏が続く。
基本的にはジャムセッションの形態をとっているが、ジャムセッションにありがちな、冗長でやたらと長い演奏が続くわけでもなく、演奏にはきちんと締まりがあるので、音だけを追いかけても十分に楽しめる内容だ。
特に、クリフォード・ブラウンのトランペットは、ひときわ力強い存在感を誇っている。なにより音が非常に安定しているのだ。
ときおり繰り出す早いパッセージには乱れがほとんどなく、粒の揃った力強くも美しい音色が平然と放たれている。
優れた楽器のコントロール技術に加え、ジャズには必要不可欠な「勢い」をも忘れない熱い演奏。
クリフォード・ブラウンの魅力は、正確さと勢いの両方をバランスよく体現してしまっているところだといえる。
そして、彼のトランペットは、いつだって元気で明るい。
だから、聴き手は安心感と期待感を持ってして彼のトランペットに耳を傾けることが出来るのだ。
白眉はラストの《ドナ・リー》。
これにつきる。
もう、このアルバムはこの1曲があれば十分! といっても過言ではない。
パーカーとマイルスによるオリジナル演奏をはじめ、ジャコ・パストリアスによるベースとコンガのデュオ、まるでクラシックの趣きと優雅さを持つ寺井尚子のヴァイオリン・バージョンなど、多くのジャズマンが、様々な形態で愛奏しつづけてきている名曲だが、ブラウニー(クリフォード・ブラウン)の《ドナ・リー》ほど、スピード感に溢れた演奏を私は知らない。
もちろん、テンポのことを言っているのではない。
単純な演奏の速度だったら、この演奏を上回るテンポのものはいくらでもある。
ここで言うスピード感とは、正確なタンギングと、ミスのない安定した音の粒が綺麗に並ぶことによって生み出される、流れるような心地よさと、演奏にこめられた「力」が生み出すエネルギー感のことを指す。
ライブの熱気も手伝ってか、テーマの頭でいきなりミストーンをしてしまう箇所もあるにはあるが、本領発揮はむしろアドリブに移行してから。
まるで水を得た魚のように、いきいきと繰り広げられるアドリブはどうだ!
まるで、あたかも最初から作曲されたものをなぞっているかのように、凄い速度で平然とブラウニーは美しいラインを力強く奏でているのだ。
「素晴らしい演奏を残した直後に、彼は死んでしまった」という誤った認識が、まるで本当のように信じられていたのも、分かるような気がする。
品行方正で、誰からも好かれていたジャズマン、その彼が繰り広げた神がかり的な演奏。
直後に、事故死。
「伝説」となる要素は、過不足なく揃っていたのだ。
記:2005/08/18
album data
THE BEGINING AND THE END (CBS)
- Clifford Brown
1.I Come From Jamaica
2.Ida Red
3.Walkin'
4.Night In Tunisia
5.Donna Lee
Clifford Brown (tp)
Vance Willson (as,ts)
Eddie Lambert (g)
Duke Wells (p)
James Johnson (b)
Chris Powell (vo&per)
#1,2
1952/03/21
Clifford Brown (tp)
Ziggy Vines (ts)
Sam Dockery (ts)
Sam Dockery (p)
Ace Tisone (b)
Ellis Tollin (ds)
#3,4,5
1956/06/25
1955/05/31