曇り空とブッカー・アーヴィン
数年前のある日のこと。
季節は秋の入口。
前日がライブだった翌日の朝のことだ。
ライブで演奏をした次の日は、前日がエキサイティングであればあるほど、翌朝はなぜか気だるい気分が増す。
外は雨が降っている。
週末の気温は30度だったそうだ。
残暑。
そして、昨日の平均気温19度と、わずか1日で11度の気温差。
一気に肌寒くなってきた。
もっとも、酔い覚ましには心地よい肌寒さではある。
朝から降る雨で、今日の気温はもう少し下がっているのかもしれない。
その気温差で体調を崩したのだろうか、少し風邪気味ではある。
私は黒糖のカリントウを食べながら、濃い目のニガいコーヒーを淹れて飲んだ。
外に出て、あいもかわらず憂鬱で乳白色の曇り空を見ながら、煙草をプカプカとふかしながら飲む濃いコーヒーの味から、今は無き渋谷のジャズ喫茶『スイング』のコーヒーの味を思い出した。
ほぼ毎日『スイング』に足しげく通っていた時期があったが、そのときの渋谷・宇田川町の空はいつも憂鬱な乳白色だった。
もちろん快晴の日もなくはなかったが、私の記憶は、完全に曇り空に塗り換わっている。
くわえ煙草がよく似合う、粋でダンディな宮川さん(マスター)は既に亡き人で、あの饐えた匂いのする店内や、ひび割れたコンクリートの階段坂にたむろしていた猫たちは、今どこにいったんだろう?
そう思いながらも部屋に戻ると、iTunesは、ブッカー・アーヴィンの『ジ・イン・ビトゥイーン』をシャッフル選択していた。
男・アーヴィン、ブルーノートへの最初で最後の録音の『ジ・イン・ビトウィーン』。
男・アーヴィン、37歳の時の録音で、この録音から2年後に彼は亡くなってしまった。
ラストナンバーの《タイラ》がかかる。
ああ、なんて今日の憂鬱な天気と私の気分にマッチしているのだろう。
なんなんだ、この重さと哀愁は。
リチャード・ウイリアムスの鋭くも哀感のこもったトランペットもただごとではない。
今日のオレのこの気分のために、40年近く前にブッカー・アーヴィン以下4人はこの曲を録音したのだ、と思うことにした(笑)。
我ながらバカな思い込みだが、時にはこういう思い込みも楽しいものです。
そして、ジャズと恋に限っては、このようなバカな思い込みとカンチガイが日々の生活のちょっとしたスパイスになるのです(笑)。
アーヴィンのアルバムは、アーヴィンにしか出せない独特な味わいがある。
しかし、特には濃ゆ~い重量感よりも、まったりとした切なさが勝る時もあるな、と感じた次第。
音楽は受け手の感受性のチャンネルによっていかようにも変容するものなのだ。
ジャズも、また然り。
ブッカー気分で、アーヴィンブルーな一日だった。
記:2009/03/15