映画化して欲しい『コンビニ人間』

      2024/03/18

『エリア88』と『コンビニ人間』

村田沙耶香・著の『コンビニ人間』のラストシーンは、『エリア88』の「バンバラ編」のプロローグを彷彿とさせるものがある。

結末が異なるOVA版でいえば、ラストシーンにあたるところだけれども、要するにどちらの場合も、主人公は「戦場」に還る。

ま、コンビニは戦場ではないけれど。

エリア88

コミック史上に燦然と輝く(と私は思っている)新谷かおるの『エリア88』の主人公・風間真(以下シン)は、大手航空会社パイロット訓練生だったが、親友の神崎に騙されて傭兵にさせられてしまう。

戦場は中東の内戦中の国、アスラン王国。
戦争のプロたちが賞金稼ぎに各国から集結する外人部隊の基地「エリア88」に戦闘機の傭兵パイロットとして配属されたシン。
通称「地獄の一丁目」のエリア88から除隊したければ、高額の違約金を払うか、契約期間の3年の間死なずに戦い続けるしかない。

日本にいる恋人・涼子に想いを馳せ、祖国日本の地を生きて踏むまでは死ねないという思いから、シンは戦闘機パイロットとして自らの手を血で染め、自分の運命や自分を陥れた親友を呪い、日々出撃を繰り返し、殺らなければ殺られる「空の戦場」で、戦闘を繰り返しているうちに「エリア88」のナンバーワンパイロットになるまで成長した。

アスラン内戦の戦況の変化により首都は陥落、シンは国王をフランスに亡命させるため、戦闘機でパリまで送り届ける任務につき、ミッション終了後、そのまま除隊するよう命じられる。
契約期間の3年を俟たずして、シンは「エリア88」の傭兵の任を解かれ、晴れてパリの空の下、自由の身となる。

しかし、一度染み付いた戦場で培われた習性は拭い去ることができない。
夜中の救急車のサイレンに過剰に反応したり、チンピラたちに絡まれたり、搭乗した観光用の飛行機のパイロットが心臓停止するなど、非常事態になればなるほど心躍り、冷静沈着になる自分を自覚する。
ぬるま湯的な平和の世界では、もはや生きていけない人間になってしまったことを悟ったシンは、パリにいる恋人の涼子に会うことなく、アフリカの小国・バンバラでの作戦に傭兵として志願し、再び、自ら戦場に赴く。

骨の髄まで染み混んだコンビニモード

スケールは違うが、コンビニ人間の主人公・古倉恵子も、18年間染み付いたコンビニモードの心と身体から脱しきることが出来ず、就職活動のためにアルバイトを辞めたにもかかわらず、ラスト近くでは、たまたま立ち寄ったコンビニの店内で勝手に働き始める。

売れ筋商品の陳列、ドリンクの補充などなど、生き生きと蘇ってゆく自分を自覚し、結局のところ、就職の面接は蹴り、戦地に、いや、コンビニに還りコンビニ店員として生きる決断をくだすのだ。

サクサク読める

芥川賞受賞作の村田沙耶香・著『コンビニ人間』を、私はとても面白く読んだ。

コンビニ人間

高度均質化社会に生きる現代人の病理、独身者が増大する超ソロ時代、フリーターとニートが大量生産される豊かな社会ニッポン、生きるための「個」や「指針」を持たない若者たち、村社会の同調圧力……などなど、深読みしようとすればいくらでも出来るのだろうが、そんなことまで深く考える暇すらなく、とにかく短いセンテンスで歯切れの良い文体ゆえ、読むこと自体が快感で、いっきに読了した。

芥川賞受賞作とはいえ、100年後も歴史に遺るような作品ではないかもしれない。また、「現代のリアル」を切り取った社会性のある作品というには、2010年代後半の日本を鋭く切り取っているというわけでもない。だって、こういう主人公のようなタイプの人は、既に10年以上前から、いや20世紀の世紀末からいるんだから。

だから、少なくとも私が面白いと感じたのは、物語の切り口でも社会性でもない。

じゃあ何が良かったのかというと、露骨にではなく、そこはかとなく底流に流れ続ける「うっすらとした気持ち悪さ」のようなものを微弱に感じながらも、サクサクと読めるところかな。

「うっすらとした気持ち悪さ」とは何かというと、たとえば、主人公の周囲の人々から滲み出る「劣位とみなした相手に対しては優越感を抱き余計なお節介の心が湧き出る人間のサガのようなもの」だったり、主人公の「人間関係もお手軽に(コンビニ的に)構築しちゃえばいいじゃん」という発想などが挙げられる。

広告的な要素

私は学生時代から出版社で広告を製作する部署でアルバイトをし、出版社に就職した後も、編集部ではなく、10年近く広告を制作する部署で働いていたこともあり、どこかモノを観る視線が広告目線になってしまっているところがある。

『コンビニ人間』は、誰もが「あるある!」と思うけれども、漠然としているため、うまく言葉に還元することが出来ない「気分」を上手くまとめてくれた広告的なキャッチーさがある。

そうした意味では、広告の仕事から離れても、いまだ広告をウォッチすることが大好きな私としては、少し長い広告を愉しむ感覚で読めた。

だから最初の数ページで、「これは面白いぞ!」と直感的に感じ、一気に読み終えることが出来たのかもしれない。

ビジュアル的・サウンド的

それと、もうひとつ。
文字からビジュアルがどんどん浮かんでくるのだ。

もしこの作品が映画化されるとしたら、この場面はこういう角度からこういう描写で撮られたシーンで観たいなと思ったり、キャスティングは誰がこの俳優で、誰がこの女優で、と勝手に頭の中の情報のピースをこねくりまわしている自分がいるのだ。

ビジュアル的である上に、さらにサウンド的でもあるんだよね。

本文でも執拗に描写され、さらに主人公の頭の中で常に鳴り響く「コンビニの音」が、読んでいるこちらの頭の中にも鳴り響いてくるのだ。

入店したと同時に鳴り響く♪ピポピポピポ~ンという電子音(ファミリーマートの場合はメロディ)や、バーコードを読み取るピッ!という音などなど、コンビニを象徴する音を行間が奏でているかのような錯覚を覚える。

もし、映画化(ドラマ化でもいい)されるのであれば、ぜひ、この効果音を効果的なSEとして有効に使って欲しいなと思っている。

コンビニモード

私も学生のときはコンビニの夜勤でアルバイトをしていたことがあるが、やっぱり、お客さんが入店したときの電子音は、バイトをしている最中は身体の一部のように感じていたな。今思い出してみれば。

このどうしようもなく勤務中に張り付いてしまう電子音は、夜勤を終え、帰宅してベッドに転がり込むと、ようやく体内から分離してゆくことを実感する。

仰向けになり天井をボンヤリと眺め、「静けさ」を自覚する瞬間、つまり「コンビニの電子音」が耳の奥から消えてゆくことを実感する瞬間、はじめてコンビニから開放されつつある己の肉体を実感するのだ。

単調かつ時間帯によっては退屈なコンビニの仕事だが、店員として就業中に包み込まれる特殊な気分の正体は、数えきれないほど繰り返される店内に響き渡る音(店によってはオリジナルな販促番組)が、無自覚なまま自分の体内に浸透していたからだということを改めて思い出させてくれた小説でもある。

私の場合、コンビにのバイトをしていたのは1年前後だが、主人公は18年も続けているわけだからね。
もう染み付きまくるどころか、コンビニの音から空気からなにからなにまで、もうすべてが身体を形成する要素になってしまっているのだろう。実際に、そういう独白も作品中に何度かあったけれども、それに関しては、すごく頷ける。

コンビニの仕事は、予想以上に店の空間が持つ独特の空気や音までもが、体内に知らず知らずのうちに浸透してゆくものなのだ。
この感覚、コンビニでバイトをした人でないと分からないかもしれないね。

だから、作者は主人公の人物造形を、幼い頃から少し変わった子だったというエピソードを挿入することで、主人公の行動様式から感じられるであろう読者の違和感をあらかじめ払拭しようとしているのかもしれないが、特に高機能自閉症やアスペルガーではない(と思う)健常者の私(だと思う)でも、もちろん100パーセントではないが、主人公のコンビニという空間に行動様式と思考パターンをカスタマイズする心地よさが理解できるような気がするのだ。

ぜひ映画化して欲しい

スケールの小さい話ゆえに、あまり面白くないと感じる人もいるだろうし、その気持ちも分からないではないけれども、私の場合は無茶苦茶面白く気持ちよく読むことが出来ましたよ。

ああ、早く映画化されないかな。

キャスティングは正直、誰でもいい。
壮大なスケールとは対極な、地味でこじんまりとしたストーリーゆえ、集客のことを考えれば、話題づくりのためにも、旬な俳優を起用し地味な存在に演じてもらうしかないだろう。

そのかわり、SEと構図は、無機質かつスタイリッシュに凝った作品にして欲しいなと思っている。
『ニーチェ先生』や、『LOVE理論』(中村獅童バージョンのほう)のような寸劇の簡易舞台的なスタジオセットのコンビニ店内にしてしまうと、おそらくこの作品が持つ無機質かつそこはかとない不気味さが漂ってこないと思う。

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そういった意味では、実際に存在するコンビニでロケをするか、撮影用の店舗を作ってしまうなど、セットにもこだわりが必要になってくるかもしれないな~、なんて、まだ見ぬプロデューサーや監督にもう勝手に注文つけてるし。

記:2017/12/07

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