マイルス・ディヴィス 入門の次の門

   

takebetomoko

text:高良俊礼(Sounds Pal)

マイルス、何を聴けばいい?

ジャズを聴き出した、或いはジャズが好きになってさぁこれから何をどう聴いて行こうかと思っている人にとってマイルス・デイヴィスというのは高い壁だ。

何しろアルバムは凄まじい数出ているし、しかも時期によって作風も違う。

「さぁ、ジャズを聴いてみよう!最初はやっぱりジャズの帝王って言われてるマイルス・デイヴィスかな~?」

と思ってルンルンでCDショップへ行ったものの、ジャズの棚で一番枚数の多い”マイルス・デイヴィス”のコーナーの前で呆然と立ち尽くしてしまったという経験がある人は何も私だけではないだろう。

まずもって何を買えばいいか分からない。

名盤の次に聴くアルバムは?

とりあえず本や雑誌や「初心者のためのジャズ」とか謳ってるサイトなんかを見て、大体どこにでも乗っている『カインド・オブ・ブルー』や『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』この辺りはマイルスの初期を代表する、非常に完成度の高い作品であるし、聴く側の「ジャズってこんなだよな」という期待も十分に満たしてくれる。

問題はその”次”だ。

「名盤」「傑作」と呼ばれる2枚を揃えても、それでもまだまだ何十枚とあるマイルスの壁が高いことに変わりはない。

何を買おうか、アレもこれも良さそうだけど、もし思ってたのと違ったらどうしよう。初期のマイルスを聴いてカッコ良かったから、今度は思い切ってエレクトリック・マイルスを買ってみようか、いやいやいや、何か勇気が出ない。じゃあベスト盤でいいんじゃない?とも思うのだが、何か、いまさらベスト盤なんてちょっと恥ずかしい、あぁどうしよう・・・。

と、私も散々迷ったものだった。

CD棚の前で散々に迷い、悩んだ時にふと降りてきた天の声、すなわち

「迷ったらジャケで選べばええんや~」

という心の声に従って、えぇい!と選んだのが2枚組の『ディレクションズ』だった。

寸止めファンク

思えばこれが大当たりで、以後マイルス・デイヴィスを聴く上で、どの年代のどの方向へ行けばいいのかをいつも教えてくれたアルバムになったし、今も「マイルスどれ聴こう」で迷った時はなかなかの頻度で聴いている。

内容はコンピレーション・アルバムであり、長いキャリアの中から「後期アコースティックなマイルス」と「エレクトリック初期のマイルス」の音源のアウト・テイクがギッシリ、つまり”いいとこどり”のアルバムだったりする。

一瞬だけ参加したハンク・モブレーの貴重なマイルス・バンドでの演奏が聴けたり、なかなかに盛り上がる前半もいいが、聴きものは7割を占める”エレクトリック期”の演奏の数々だ。

ロックやファンクに対抗意識を燃やしてバンドにキーボードやエレキギターなどを導入し、8ビート、16ビートなど、様々なリズムをバンド・サウンドに取り入れたマイルスであるが、どんなにロックやファンクから手法を取り入れようが、出てくる音楽はロックでもファンクでも、もしかしたらジャズでもないかも知れない、独特の重く妖しくダークな音楽。

特に個人的なお気に入りは「寸止めファンク」と呼んでいる「ディスク2」の2曲目《デュラン》。

音数をギリギリまで抑えたビリー・コブハムのドラムとデイヴ・ホランドのうねうねと変態チックなベースに、辛口の歪みが効いたジョン・マクラフリンのギターが織り成す渇いたバック・サウンドにエフェクターをかましたマイルスのトランペットがじわじわとくる。

どこからどう聴いてもゴキゲンなジャズ・ロックなのに妙な緊張感が全編に漂っていて、躍らせてくれない。ジワジワ盛り上がってきて「よし、ここからどっかーん!」と思わせといていきなりスパッと間が出てきたりする。ノレそうでなかなかノセてくれない、でもそのじらせがたまらんゆえに寸止めファンク。

アコースティックからエレクトリックまで年代順に収録

この『ディレクションズ』には、まだ電気楽器を導入したばかりで、色々と試行錯誤の感じられるものから、完全にスタイルとしての”エレクトリック”が固まった時期のものまで、ちゃんと年代を追って収録されているからありがたい。

もしかしたらこのアルバムを持ってなければ私はマイルス・デイヴィスにそんなに深入りすることはなかっただろうな、と、最初から最後までカッコイイが気の抜けない絶妙な流れをリピートしながら今でもしみじみ思う。

「マイルス持ってるけどエレキのは聴いたことない」

「そろそろ名盤といわれてるアルバム以外のものに手を出してみたい」

という方がもしいたら、その「次の一歩」への手始めにディレクションズどうだろう。

記:2016/05/28

text by

●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル

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