フォト・ムジーク/坂本龍一
美貌の青空
映画『バベル』のエンディングをメランコリックに飾ったナンバー、覚えてますか?
そう、坂本龍一(以下、教授)の《美貌の青空》。
これは、もとはといえばアルバム『スムーチー』に収録されていたナンバーなのですが、
『バベル』で使用されたバージョンは、『/04』にも収録されている、管弦楽器プラスピアノのバージョンでした。
個人的には、こちらのアコースティックのバージョンのほうが気に入っているのですが、皆さんはいかがでしょうか?
さて、この名曲《美貌の青空》のお兄さん的な曲をご存知ですか?
そう、古くからの教授ファンはピンとくるはず。
《フォト・ムジーク》です。
美しい曲の骨格、ハーモニー
この曲は、教授がDJをやっていたNHK-FMの番組『サウンド・ストリート』のオープニングとエンディングを飾っていたナンバーです。
もとはといえば、この番組の「サンストの電気的音楽講座コーナー」で作られた曲で、ほどなくして、このオープニング&エンディングナンバーは《両顔微笑》という曲に替わってしまいましたが、《フォト・ムジーク》のほうが良かったというファンも少なくないのでは?(私がまさにそうです。)
もとより「音楽講座」用に作られた素材的な曲ということもあり、音の構成は非常にシンプルで分かりやすい。
しかし、シンプルで分かりやすいからこそ、「教授らしさ」が良い意味で剥き出しになっているとも言えます。
そう、《フォト・ムジーク》のコードの流れは、まさに「坂本進行!」と言わんばかりの、美しいコード進行なのです。
この流れ、つまり、この曲の骨格と瓜二つのナンバーが《美貌の青空》なんですね。
心地よい電子音がセンス良くレイアウトされている《フォト・ムジーク》の原曲を聴いただけでは、曲の骨格のようなものはわかりづらいと思うので、出来れば、ピアノバージョンの《フォト・ムジーク》を聴くことをおすすめします。
鈴木さえ子や立花ハジメがメンバーとして加わっていた「B-2unitsライヴ」の音源を聴くのが一番早いですね。
このライブの前半で、教授はアコースティックピアノで《フォト・ムジーク》を弾いています。
音源を聴いたことがないという人は、YouTubeで検索をかければ(削除されていなければ)聴けると思います。
このアコースティック・バージョンを聴くと、あら不思議、なんとも《美貌の青空》的メランコリックさがそのまま残っている。
いや、逆に《フォト・ムジーク》のメランコリックな骨格が《美貌の青空》に移植されているというほうが正しいですね。
教授的な「響き」
この《フォトムジーク》、最初に聞いたときは、サビの部分の気持ち良い発信音のような電子音や、口ずさみやすい旋律に魅了されました。
さらに、曲の屋台骨であるリズムも非常に分かりやすい。
バスドラ(打ち込み)のキックのつんのめるようなタイミングと、ベース(シンセ)のタイミングがピタリと一致しているところ、それに、美しいハーモニーと旋律を、様々な音色に分かりやすく振り分けて、新しいストラクチャーとして再構築している、簡素だけれども効果的なアレンジのセンスに魅了されていたんですね。
色々な音色に分解されてはいますが、これらを統合すると、醸し出されるのは、やはり坂本龍一としか言いようのない独特な響き。
そう、私は教授の響きが昔から好きだったのかもしれません。
もちろん、YMOが流行っていたころは、当時は珍しかったピコピコ電子音に魅了されたのが好きになるキッカケであったことは間違いないのですが、それでも長らくYMOや教授のソロを飽きずにずーっと聴き続けていたのは、やはり教授のセンスの良いハーモニーが好きだったからのかもしれません。
なんたって、『BGM』で過激にダブミックスされまくって原曲の面影がほぼ破壊された過激な《ハッピー・エンド》からですらハーモニーが聞こえてくるのですから、「どれだけお前は教授ハーモニーの虜になってるんだよ?!」と自分で自分を突っ込みたくなるほどです。
ハーモニー好き体質
だからこそ。
結局、私はジャズを長い間聴き続けられているのでしょうね。
YMOが散開(解散)した後、何を聴いて良いのか音楽的な路頭に迷ってしまった私は、主にイギリスやドイツのエレポップや、アメリカのハードロックなどに触手を伸ばしはじめました。
特にエレポップに関しては、クラスにイギリスのZTTレーベルや、デペッシュ系のエレポップに詳しい友人がいたので、彼からレコードを借り、カセットテープに落としたものを聴きまくっていたものです。
それに、当時は、たくさんのエレポップの12インチシングルが発売されており、12インチって、アルバムと違って輸入盤で安いものだと1000円やそこらで買えるものが多かった。
タワーレコードのバーゲンだと1枚100円で買えるものもあって、それが私のコレクション欲に火が付き、ずいぶんと名前も知らないエレポップのレコードを買いあさっていたものです。
なにしろ、渋谷のタワーレコードは、高校の帰りに寄り道しようと思えば出来る場所だったし、なにより、今の神南ではなく、宇田川町にあったタワレコと、その周辺の独特な雰囲気が好きだったこともあります(その時はまだ気が付かなかったけどジャズ喫茶『スウィング』もあったしね)。
しかし、エレポップもハードロックも、もちろん優れた作品にも数多く出会えたものの、次第に飽きてきました。
その大きな理由は、ハーモニーが浅薄なものが曲が多かったからだと今となっては思います。
結局のところ、自分は物珍しいシンセサイザーの音色も好きだが、それ以上に、その奥に見え隠れする複雑なハーモニーが好きな体質なのだな、と。
だからこそ、私がジャズに入門していくのは必然の流れだったのかもしれません。
そして、最初に聴いたジャズマンがビル・エヴァンス、そして次にハマったピアニストがセロニアス・モンクだったということも今となっては幸福な偶然でした。
二人とも、独特なハーモニー感覚の持ち主ですからね。
ピアノレストリオが好きな理由
ジャズがだんだんわかってくると、ジャズの魅力は確かにハーモニーもあるが、リズムの面白さにもあることに気付いた私。
だから、ジャズのフォーマット(編成)では、ピアノレストリオが好きになりました。
管楽器と、ベースとドラムの3人。
ハーモニーを担う、ピアノやギターがいないフォーマットですね。
その頃はベースを始めたので、ベースの音がよく聞こえる編成が良いというのもありましたが、中途半端なハーモニーを聴くぐらいなら、最初からいらん!みたいな反動的な気分もあったからなのかもしれません。
ちなみに、今でも大好きでよく聴いているピアノレストリオのアルバムは、以下の3枚です。
それほどまでに、自分は、ハーモニーにこだわって音楽を聴いている人だったのだなと今となって改めて気付かせてくれたのが、久々に聴いた《フォト・ムジーク》だったのです。
収録CDは?
このナンバーは、教授にとっては、もとよりソロ名義の作品として発表する意図はなく、あくまで番組内で作った素材的な位置づけの曲だったのでしょう。
ソロアルバムには収録されず、当時聴けたのは、シングルレコード『コンピューターおばあちゃん』のB面のみでした。
レコードではなく、CDで聴くのであれば、現在は、『テクノ歌謡東芝EMI編 デジタラブ』を買って聴くしかありません。
「知る人ぞ知る、坂本龍一の隠れ名曲」らしい扱いといえばそれまでですが、もっと多くの人が気軽に聴けるコンピやベストが廉価で出てくれると良いのにと思っています。
記:2017/04/28
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