フル・フォース/アート・アンサンブル・オブ・シカゴ
前衛ジャズのクリスマス・イヴ
私の場合、「映像」からアート・アンサンブル・オブ・シカゴに入門した。
いきなり彼らの音だけを聴いて、チンプンカンプンになるよりは、彼らがどういう格好をして、どういうアクションで音を生み出しているのかを、映像で見れたお陰で、後々の鑑賞に役に立ったと思う。
最初の出会いは、渋谷の「スイング」。
ジャズ(とその周辺の音楽)の映像を見せてくれたジャズ喫茶だ。
その日は12月24日。クリスマス・イヴだった。
予備校生だった私は、予備校の帰りに、当時はスイングのすぐ近くにあった「タワー・レコード」で、ジャズのガイド本に「名盤・オススメ盤」として紹介されていた、ビル・エヴァンスの『ワルツ・デビー』を買い、スイングの扉を開けた。
店の中は満員だった。そして、いつもとは違った異様な空間だった。男ばかりで、なんとなく殺気だった雰囲気というか……。
かろうじて座る席を確保してもらい、大きなスピーカーのまん前の位置に腰掛けた。
店の大きなモニターに映し出され、大音量で上映されていたのは、セシル・テイラーの『ピアノ・インプロヴィゼーション』。
ピアノをガンガンと叩きまくるセシル・テイラーの音と映像はかなりの衝撃だったが、テイラーについては割愛するとして、一言で言ってしまうと、アタマが痛くなり、演奏が終わるまでは、かなりの我慢を強いられた。
テイラーの上映が終わり、これで普通のジャズ(4ビートのジャズ)が見れるぞと期待に胸が高鳴った瞬間、またもや、4ビートではない、なにやら怪しげな映像が映し出された。
アート・アンサンブル・オブ・シカゴのライブ・ビデオだった。
野郎の怨念リクエスト?
これも、なんだか前衛っぽいジャズの匂いが冒頭から漂っていた。
テイラーの映像の衝撃で、アタマの中のがこんがらがってしまいので、次にかかる映像を見て気分をリフレッシュしようと思っていた矢先だったので、うわ、またキツイ映像か、と一瞬イヤな気分になったが、周囲を見渡すと、皆一様に、腕組みをして、真剣な眼差しでモニターを凝視している。
よく見ると、店内に女性客は一人もいない。
クリスマス・イヴの渋谷の街は、幸せそうなカップルだらけなのに、このスイングに集結した野郎どもは、こういった前衛風でアタマが痛くなるようなものばかりをリクエストして、そういった憂さを晴らすつもりでいるのかなと思ってしまった(スイングで流される映像は、お客のリクエストのものばかりだったので)。
もっとも、当時は彼女のいなかった私も、人のことは言えない状況だったのだが……。
いずれにせよ、アフリカの部族のように顔をペインティングし、民族衣装を着た人たちが、様々な楽器を鳴らしまくっている姿、そして、その様子を不機嫌そうな顔をした唯一、民族衣装ではなく白衣を着た人(レスター・ボウイ)が、現場監督のように見守っている様子は、なかなか異様な光景だった。
法螺貝のようなものを「モーン」と吹いたり、自転車のチェーンのようなものを回してギャラギャラと音を出すような楽器(?)を鳴らしたり、小学校の体育の時に先生が使っていたような笛をピーピーならしたり、拡声器を通して「あ~あ~」という声を出してみたり、タンバリンを叩いたり、鈴や金属製の楽器(?)を鳴らしたりと、まるで色々な「音の雑貨市」を見ているようだった。
音がやがて音楽へ
この状態がしばらく続いた後、メンバーは管楽器を手にし、ロング・トーンを始める。少し音楽っぽくなってきた。
それにしても、長いローングトーンだ。
いつ息継ぎをしているのだろう?
循環呼吸で吹いているのかなと思うほど、同じ音をレスター・ボウイら管楽器奏者たちは、ずーっと吹きつづけている。
ベースが入りはじめ、印象的なリフを執拗に繰り返す。
マラカイ・フェイヴァースのベースだ。
ものすごく気合いと腰のはいったベースだ。
私も、この印象的なベースラインをウッドベースで真似して弾いてみことがあるが、なかなか、あのニュアンスは出せない(当然のことだけど)。
ドラムがそれに色を添えるようにシンバルを叩く。
管楽器のロングトーンの音域も少しずつ変化してゆき、演奏が少しずつ変化してゆく。
そして、爆発!
いっきに曲らしく(曲らしいというのもヘンだが)なり、ドラムの勢い溢れるリズム、ロスコー・ミッチェルとジョセフ・ジャーマンが繰り返すリフの上をレスター・ボウイのトランペットがソロを取り始めた。
この「曲っぽく」なるまでの過程が、ちょっと長く感じたが、ランダムな「音」が「音楽」に収斂してゆく過程はよく分かった。
彼らのビジュアルも手伝って、その光景は、まるで演劇を見ているようだった。
原始的な、「単なる音」の断片が、次第にコントロールされて、音楽に精製されてゆく過程を、演劇で見ているような感じだ。
もちろん、だからといって、セシル・テイラーのピアノでアタマの中がガンガンにやられている私の頭では、それ以上のことは理解できようはずもなく、彼らの表現したい方向性のようなものはなんとなく理解できたものの、最初の一回でアート・アンサンブルの音楽そのものが分かったわけでもなく、また、楽しめたわけでもなかった。
とりあえず、アート・アンサンブルのビデオを見終えた時点で、「スィング」を退散し、帰宅後はその日に購入したビル・エヴァンスを聴いて、やっぱりこっちの方が分かりやすくていいや、などと思っていた。
見かけは原始、中身は知的
それから数ヵ月後、クリスマスでの渋谷の体験を思い出し、アート・アンサンブルの音楽をもう一度聴きたくなり、レコード屋で彼らのアルバムを探した。
たくさんのアルバムがあったが、『フル・フォース』のジャケットが気に入ったので、これを「ジャケ買い」した。
内容は、「スイング」で見た映像と、同じ演奏内容だったので小躍りした。
スイングで見た映像はライブだったが、このアルバムはスタジオ録音だという違いはあるにせよ、最初は色々な音がランダムに鳴っているのが、やがて一つの音楽にまとまってゆくという構成は同じだった。
金属系の音がすごく透明で綺麗だと思った。
水沢や盛岡駅のホームに降りたときに耳にする、南部鉄器で作られた風鈴の澄んだ音色を思い出した。
目を閉じてヘッドフォンから聴こえてくる演奏に聴き入っているうちに、スイングで見た映像がありありと思い浮かび、「なるほど」と思った。
彼らは、顔にペイントを施したりして、一見奇異なことをやっている集団に見えたが、音だけを聴くと、かなり「まとも」なことをやっているし、表現したいことというか、方向性がなんとなく分かったような気がした。
原始的で、ランダムな音の掻き集めから、猛烈な勢いでスイングをするサウンドまでを自由自在に行き来し、完璧にコントロールをしている彼ら。
ドン・チェリーの『コンプリート・コミュニオン』や、コルトレーンの『アセンション』のように、管楽器たちの咆哮が「どぴゃぁ!」となる局面もあれば、《チャーリー・M》のように、一定のビートをキープしているような曲もある。
彼らは音を自由自在に操る集団なのだ。
そして、この音を操る技術は、並の力量では無理だということも、お遊びでフリー・ジャズごっこをやっていた私には痛いほど分かるのだ(制約の無い、滅茶苦茶や自由というのは、とても難しい。制約の中で、最大限に力量を発揮させようとするほうが、精神的にはラクだ、私の場合)。
見かけは原始的、しかし頭の中身はかなり知的。
これに気付くと、よりいっそうアート・アンサンブルの音楽が楽しくなってくる。
アート・アンサンブルについて
アート・アンサンブル・オブ・シカゴは、1968年、シカゴのAACM(創造的音楽家のための協会)から生まれたグループだ。
AACMは古代から未来へ続く「グレート・ブラック・ミュージック」を提唱していた集団だ。
先日、惜しくもこの世を去った、トランペットのレスター・ボウイがリーダー。
いつも白衣を着ていた。
何種類もの管楽器を器用に、そして卓越したテクニックで操る、ロスコー・ミッチェルとジョセフ・ジャーマン。
ユーモラスなルックスとは裏腹に、ものすごいグルーブと正確なピッチを誇るマラカイ・フェイヴァースがベース。
複雑で気持ちの良いポリリズムをいとも簡単に叩き出すドン・モイエがドラムで、彼は弁護士の資格も持っているそうだ。
アート・アンサンブル・オブ・シカゴには、メンバーにギターやピアノのようなコード楽器がいないのが特徴だ。
同時期の録音に、『アーバン・ブッシュマン』という、これまたジャケット・アートの素晴らしいアルバムもあるが、こちらは2枚組。
演奏の内容は『フル・フォース』と甲乙つけ難いが、2枚組の場合は「よし、聴くぞ!」と気合いをいれてないと、ちょっとシンドイので、私の場合は、『フル・フォース』に手が伸びてしまうことが多い。
『フル・フォース』が、アート・アンサンブルのアルバムの中では、一番思い入れのあるアルバムだ。
特に《チャーリーM》が好きで、表情豊かで肉感的なレスター・ボウイのトランペットの虜だ。
シンプルで分かりやすいラインを奏でるマラカイのベースも良いね。
記:2002/04/09
album data
FULL FORCE (ECM)
- Art Encemble Of Chicago
1.Magg Zeima
2.Care Free
3.Charlie M
4.Old Times Southside Street Dance
5.Full Force
Lester Bowie (tp)
Joseph Jarman (reeds)
Roscoe Mitchell (reeds)
Malachi Favors Maghostus (b)
Famoudou Don Moye (ds,per)
1980/01月 Columbia Recording Studios, New York