下駄派2
椎名林檎のライブの日だったので、下駄を新調した。
昨年の夏に購入した下駄も、今ではすっかり「歯」が擦り減ってしまい、板がほとんど地面に接してしまうほどにまでになってしまった。
おまけに私の立ち方や歩き方がヘンなのだろう、外側の方の歯だけがすり減ってしまい、正面から見ると、ちょうど二等辺三角形状態になってしまっている。
よって、下駄を水平に立てても、外側に30°程の傾斜があるので、これを履いて直立しても、自然に足の開きが、ガニ股状態になってしまうのだ。
これでは歩きにくい。
しかも足のウラと接触している板の一部が地面と接触するために、歩いていると時々ツンのめる。
これじゃぁ、今日のNHKホールや渋谷の人込みの中でよろめくと大変なことになるな、と思い、「下駄派。」にも記した良心的な履物屋まで朝一番に購入しに行った。
「これと同じヤツをください。」
履いている足下の古い下駄を指し示した。
店員は、あきらかに私より年齢の若い、背の高い爽やかな青年。開店直後だったのだろう、せわしなげに店内に堆く積まれたダンボールの山を整理している。
私の求めに応じて、ダンボールを空けていた手を休め、店の奥にある下駄の山から同サイズの下駄を探し出してくれた。
「これですね。」
参千八百五拾円也。
その場で履き替えた。
今まで傾きの激しい下駄に慣れた足だったので、履いた瞬間、非常に違和感を感じてしまった。もっとも、この違和感こそが本来の正しい立つ姿勢なのだが……。
足を慣らすために、雨が降っていたのでタクシーで家に帰ろうとしたところを止め、一歩一歩ゆっくりと歩いて帰路についた。
雨の中、アスファルトの上を滑らないように、ゆっくりと一歩一歩着実に足を接地させて歩く。歩道橋の階段を踏みしめながらゆっくりと登る。
商店街中に敷き詰められたレンガ風のタイルが雨で濡れていたが、それに滑らないよう、慎重に足を運んだ。
無事転倒せずに帰宅。
数時間後に待ち合わせ場所の原宿へ向かった。
スーツに下駄を合わせた。まぁ、いつものパターンですね。
相変わらず雨は止まなかったが、原宿までの電車中、NHKホールまでの道中、そして人でごったがえしているNHKホール中、ズッコケることはなかった。
ライブは2階席だったので、舞台上のミュージシャンたちは殆ど見えなかったが、スタンディング状態になった際は、新調した下駄の歯の高さ分だけ身長が高くなるので、前に立っている人の陰に隠れることなくステージの全景を容易に見渡すことが出来た。
こういう時に底上げは便利だね、自分の身長よりも10センチ近く高い目線でステージを見下ろすことが出来るのだから。まぁ、後ろの席の人は可哀想だったかもしれないが……。
ライブが終わり、一同で飲み屋に移動する際も、4月という季節のワリにはかなり気温は寒かったし、足の甲には相変わらず降り止まない相当な量の雨が降り注いできたが、足の裏だけは木から直接伝わってくる温もりのために暖かかった。
帰宅後に下駄を脱ぐと、板面に、しっかりと今日一日の間についた足跡がついていた。またすぐに自分の足跡で真っ黒になってしまうのだろうな、と思った。
今までお世話になった下駄には私の足跡、というか足の裏の垢と脂がしっかりと刻印されている。これで、2年前に今の住居に引っ越してきてから掃き潰した下駄は3足。
私の下駄さんたち、ご苦労さんでした。
記:2000/04/27