ジャイアンとゴリライモ
地元を去る人
「大人になっても、こんな奴らと同じ土地にいたくないと思ったんです。だから東京に出てきたんですよ」
以前、仕事でおつきあいのあった広告代理店のクリエイターの方が、飲みの席でふと呟いた一言です。
彼の出身は九州、福岡県です。
通っていた中学、高校は、バンカラな雰囲気が色濃く残っていたようです。
だから、「男らしさ」の価値基準は、ケンカに強いことだったり、スポーツに秀でていることだったり、大食漢であること。
体力や根性がモノを言う環境だったようですね。
彼が、「こんなマッチョな価値観が根付いている地元では、自分の場所がない」と考えるようになった出来事のひとつが「ラーメンの替え玉」だったそうです。
九州のラーメンといえば、言わずもがな「とんこつ(豚骨)ラーメン」です。
とんこつラーメンは替え玉(麺のお代わり)が出来ます。
私も博多や福岡に足を運んだ際に何軒かのラーメン屋さんを訪問したのですが、「学生さんは替え玉無料」の店が多かったように記憶しています。
このような店には、学校帰りの高校生が立ち寄っているのでしょう。
クリエイターの彼も、高校時代は学校帰りに友人とラーメン屋によく寄っていたそうです。
彼は小食なので替え玉をしません。
しかし、周囲の友人は、皆、替え玉をするし、中には3回替え玉をするような「大食い」もいる。
そして、替え玉の回数が男の価値を測る物差しのようなムードが形成されているため、替え玉を頼まないと、「おまえ、それでも男かよ?」というような目線で見られるし、実際、そう言われたこともあるそうです。
学校では「俺は5回替え玉したぜ!」と替え玉の数を自慢しているようなクラスメートが「男らしい」とされている。
替え玉の回数で男の価値を競うようなメンタリティ、そして「たくさん食べる」ことを「男らしい」とみなす価値観に、彼は心底イヤ気がさしたそうです。
なんてダサい土地なんだろう、俺はこんな連中も、こんなくだらないことに価値を見出すような環境からは一日でも早くオサラバをしたい。
⇒だから東京の大学に行く!
そして、実際、彼は猛勉強の末、東京の大学に合格し上京、そのまま東京の大手広告代理店に就職し、コピーライター兼CM制作者として制作部に配属されました。
子どもの頃から映画が好きで、たくさんの映画をレンタルしては観倒していた彼。
また、本が好きで、手当たり次第に本を読みまくっていた彼。
おかげで感性も磨かれ、実際、東京でも彼のセンスが認められて、倍率の高い広告代理店に就職したどころか、さらにその中でも狭き門の制作部に配属されたわけですから、相当なセンスの持ち主です。
しかし、そんな彼を評価する基準も尺度は、地元には無かった。
だから、自分を認めてくれない土地で暮らすことに意義を見出せないのであれば、上京するしかない。
私の場合、小学校4年生から東京の下町で育って大人になったので、地方に住む人が東京に憧れる気持ちがまったくわかりませんでした。
むしろ、地方の方がイイのに、とすら思ってました。
実際、高校時代は、夏休みや冬休みになると、青春18きっぷを利用して、こまめに各駅停車の旅をしていたものです。
視線を上げると、ビルの輪郭ではなく、山の稜線が見える土地が憧れだったのです。
ところが、大学に入ると、少し地方に対しての認識が変わりました。
大学では、様々な地方から上京してきた人たちと知り合いになります。
もちろん、彼らの多くは、地元に愛着と誇りを持っています。
しかし、そんな彼らの多くは、イナカでの人付き合いの濃密さゆえに生じる鬱陶しさものは感じていることが多く、その息苦しさから逃れることも上京するための大きなモチベーションになっていたのだということを知りました。
吉幾三の《おら東京さ行くだ》ではありませんが、それまでの私は、地方の若者が東京に上京するモチベーションは、「東京に出てミュージシャンになりたい」とか「大都会でチャンスと成功を掴みたい」とか、「東京で何かデッカイことをやって、故郷に錦を飾りたい」というような大きな目標があるからだとばかり思っていました。
もちろん、そのような「大志」を抱いて上京する若者も大勢いることでしょう。
しかし、大きな目標を抱いて上京する若者だけではなく、むしろ閉塞的なムラ社会から逃れるために東京にやってくる若者の数も負けず劣らず多いのではないかということに気が付いたのです。
なにか主体的にやり遂げたいことがあって上京するという「攻め」の気持ちではなく、言い方悪いかもしれませんが、とりあえず地元から脱出したいという「逃げ」の気持ちが、上京のモチベーションの若者もいるんだな、と。
特に東京で「絶対にこれをやりたい」というコトはないが、人、情報、モノに溢れる東京で暮らせば、色々と刺激を受けるだろうし、もしかしたら新しい道が拓けるかもしれない。
このような「東京に出れば、何かあるかもしれない」という漠然とした期待感で上京する若者も多いのではないでしょうか。
生まれ故郷の地元を離れるタイプの人は、地元特有の閉塞感、価値観の違い、それゆえの居心地の悪さが原因のひとつなんでしょうね。
地元で大きくなる人
しかし、上京する必要のないタイプの人もいます。
マンガ、アニメのキャラクターにたとえるならば、『ドラえもん』におけるジャイアンであり、『ど根性ガエル』におけるゴリライモのようなタイプの人種です。
彼らはガキ大将です。
反感を持つ者もいるでしょうが、とりあえずは、自分の周囲のコミュニティの頂点に立つ存在です。
つまり、居心地が良いわけです。
中学時代もガキ大将で、地元を仕切り、さらに王座を奪われずに高校でも番長的存在として君臨しつづければ、地元を離れようという発想がそもそも浮かばないでしょう。
すでに地元で君臨しているのですから、よほどのチャレンジ精神がないかぎりは、現在の状態が継続したほうが良いにきまっています。
だから、上京せずに地元で進学し、あるいは地元で就職する。
そして、幼い頃から地元でリーダーシップを発揮しつづけていれば、三つ子の魂百までではありませんが、大人になっても、やがて職場でもリーダーシップを発揮するようになるでしょう。
そのうえ、体力があることや、根性があることを美徳とされている環境でテッペンを張っていたわけですから、彼ら番長格の人間は、体力も気力もあり、エネルギッシュです。
このような、ジャイアン、ゴリライモタイプの人間が大人になると?
トヨタ自動車のCM「ReBORN」のドラえもんでは、小川直也が演じる20年後のジャイアンはスーパーの経営者になっています。
たしか、原作のジャイアンの実家は乾物屋のような小さな商店でしたので、その実家を大規模な店舗に拡大したとしたら、かなりの「やり手」です。
同様に、『ど根性ガエル』のガキ大将キャラ・ゴリライモも、新井浩文が演じる実写版ドラマでは30歳という若さでパン工場の社長になっています。
地元に根を張り、地元でさらに力をつけ、勢いを伸ばしているジャイアンやゴリライモのようなタイプのガキ大将格の人間は、なにも東京という別世界に憧れを抱いたりする必要などさらさらなく、居心地の良い地元でさらに自らのポジションを確固たるものにしていくほうが楽しいはずです。
もっとも実写版の『ど根性ガエル』の舞台は葛飾区のようなので、最初から東京ではあるのですが……。
ジャイアン・ゴリライモタイプの人間は、おそらく持ち前のエネルギーと、ガキ大将ならではの理不尽パワーで周囲を巻き込み、どんどん大きくなっていくのでしょう。
今は、スーパーの経営者だったり、パン工場の社長かもしれませんが、ゆくゆくは町内会の会長になったり、地元のなんとか委員の委員長になったり、商工会議所に出入りしているうちにいつのまにか中心的人物になっていき、さらに地元に深く根をおろして、ゆるぎなき自分地盤を拡大かつ確固たるものにし、もしかしたら将来は地元から出馬するのかもしれません。
実際、ゴリライモがそうしているし。
で、ゆくゆくは地元の町名を「ゴリラ町」にしようと目論んでいるし。
ドラマにおいては主人公ヒロシのライバル役ということもあるので、「ゴリラ町」云々なダサダサなところもあるにせよ、雇用を生み出し(実際ヒロシの母や、京子ちゃん役の前田敦子も雇い入れている)、儲けは法人税という形で地域に還元しているわけなので、なかなか社会貢献しているんですよ、元ガキ大将のゴリライモは。
ジャイアンにしても同様ですね。
大手スーパーをチェーン展開すれば、雇用も納税も生まれる。
立派な社会貢献です。
案外、子どもの頃のガキ大将は、大人になると地域に根付き、立派に地元に貢献する人材になるのかもしれません。
もちろん、強引な性格やアクの強さゆえに遠ざかる人も多いのかもしれませんが、ガキ大将的な存在、そしてガキ大将をガキ大将たらしめている、地元のマッチョ&体育会系的価値観が、地元に馴染めない子どもたちの上京のモチベーションとなり、上京した何割かの人たちが東京で成功すれば、それはそれで彼らの背中を押す役割を担っているのかもしれません。
人間、環境に馴染めなければ、どんどん逃げていいし、居心地の良い場所を見つければ、そこに根っこを張れば良いと私は思っていますが、それ以前に、人は本能的に自分にとって居心地の良い「居場所」を探す存在なのでしょう。
価値観の相違で地元を離れ、居心地の良い場所で才能を開花させた福岡出身のクリエイターもいれば、最初から居心地の良い地元で勢いを伸ばしていくジャイアンやゴリライモもいる。
結局、人が才能を開花させるのは、価値観が合い、自分の存在を認めてくれる場所なんでしょうね。
それが地元であっても、東京のような別の土地であっても、居心地の良い「場所」を見つけた者勝ち、ということなのでしょう。
記:2015/07/23