橋本一子さんのライブに行ってきました。

   

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先日、新宿の「ピット・イン」に橋本一子さんの新生バンド「Ub-x」のライブに行ってきました。

私は、YMOのサポートメンバーとして参加していたときに一子さんの存在を知り、ソロアルバムの『ヴィヴァン』の 《D.P.》という曲の強烈な和音の響きで一気に彼女のピアノの虜となりました。

VIVANTVIVANT

つまり、ファン歴、結構長いんです。

で、もう5年以上前になるのかな?

マイルスが演奏したナンバーを中心に演奏された『マイルス・アウェイ』というアルバムを聴き、再び“一子熱”の温度が上がり、現在に至っております。

『マイルス・アウェイ』は、なんといってもジャケットがカッコ良い!

Miles Away~トリビュート・トゥ・マイルスMiles Away~トリビュート・トゥ・マイルス

そして、1曲目の《マイルストーンズ》の一発目の和音の響きに《D.P.》と同じものを感じ、「おおおお!」となりました。

藤本敦夫の叩き出す、ビートというよりはパルスと呼ぶに相応しい、広大で柔らかい金属の海と、彼女の鋭角的な和音がとてもキレイに溶け合っているのです。

その昔、ジャズ初心者向けの 『ジャズピアノ・ベスト30』というメールマガジンを発行していたことがあるのですが、その名のとおり、歴史に残るジャズピアノの名盤30枚の中に、『マイルス・アウェイ』を入れたほどですから。それほど、素晴らしい演奏な上に、ワン・アンド・オンリーなピアノの境地に達していると感じたのですね。

『マイルス・アウェイ』は他人の曲がほとんどでしたが、今回の『Ub-x』はすべてオリジナル。テスト盤を聴いて感じたのは、『マイルス・アウェイ』の世界をさらに煮詰め、濾過して、余分な情報を一切排した結果、このような結晶が生まれたんだなぁと思いました。

つまるところ、橋本一子というピアニストには2種類の必殺技しかないのです。 いや、悪い意味で捉えないでくださいね。2種類も必殺技があるということは、とても凄いことなんですよ。

だって、これを読んでいるアナタ、「これだけは人に負けない。これで飯を食っていける。これが私のトレードマーク」という技を、一つでも持っていますか?

ウルトラマンだって基本的にはスペシウム光線だけじゃないですか。あとは、八つ裂き光輪(ウルトラ・スラッシュ)ぐらいかな?
技が少ないからこそ、誰もが覚え、誰もに愛されたヒーローなんです。

音楽家にとって、個性やオリジナリティを持つことって、とても大変なことなんです。

ヴォーカルは別ですが、ことジャズの世界は、楽器だけでオリジナリティを出さなければならない。

同じピアノという楽器を演奏することを生業としている同業者が星の数ほどいる中で、「これは、あの人のピアノだ!」とリスナーに気付かせるには、よほど強固なオリジナリティを持っていなければなりません。

そんな中、橋本一子は、2つも「あ、このピアノは一子さんだ!」と思わせる個性、すなわち必殺技を持っているのです。

彼女の2種類の必殺技とは、すなわち、鋭角的で透明感のある独特の和音の響きと、とろけるように柔らかくデリケートなバラード表現です。

極論してしまえば、橋本一子の世界は、この2つのうちのどちらかです。

この2つを自覚的に探求、深化させて行き着いた結果が、今回の「Ub-x」なのです。

ウルトラマンが、新しい技の開発に目もくれず、スペシウム光線の技を磨いたら、それこそ、とんでもない破壊力のスペシウム光線に進化することは想像に難くありません。

だって、たたでさえも必殺技なんですから。さらに、それに磨きをかけるわけだから、もう余人の到達出来ない境地にまで達するわけです。

それと同様、橋本一子が、自分の必殺技を見つめ、必殺の部分だけを磨きに磨いたわけなのですから、当たり前だけれども、今回の『Ub-x』は、とんでもない傑作になっちゃったわけです。

もともと多彩なミュージシャンなのですが、今回に関して言えば、あれもやったり、これもやったりなツマミ食い、遊び的要素は一切ありません。

自分の2つの必殺技だけを磨いた結果、生まれた音の世界です。

ゆえにシンプルですが、シンプルなだけに凄みと深みがあるのです。

私は藤本敦夫の中空に拡散していくかのようなパーカッシヴなドラミングが大好きで、晩年のコルトレーンと共演していたラシッド・アリのドラミングを思い出してしまうのですが、藤本の叩き出すドラミングは、アリの世界よりも、もっと広がりと包容力があるように感じます。

だから、橋本一子奏でるアグレッシヴで一点突破的な速度のあるピアノと相性がいいんですね。

藤本敦夫のパルスは、速度的ではなく、超時間的というか、空間そのものなんですよ。

この二人の描き出す唯一無二な音世界は、すでに『マイルス・アウェイ』の時点で完成はしていたけれども、今回はますます磨きがかかっている。

だから、最初に見本盤を聴いたその瞬間から、「うひゃぁ~、すげぇ!」と感嘆の声をあげてしまったわけです。

ほんと、iPodに入れて、毎日聴いていたほどなんですから。

そして、この新作が3月22日に発売されるわけですが、この発売に先駆けて新宿のピット・インで発売先行ライブが行われたわけです。

中央・最前列に陣取った私。

音源を聴くだけでは分かりにくかった“謎”も、演奏を間近に見ることで氷解しました。このアルバムには一子さんの呟きのようなヴォイスが随所にちりばめられているのですが、私、最初これは、サンプリングしたヴォイスを後からかぶせているもんだと思っていた。

ところが、リアルタイムでピアノを弾きながら呟いていたのですね。

それと、広がりのあるポリグルーヴを叩き出す藤本敦夫のドラミングも、さぞかしエネルギッシュなアクションなのかと思いきや、まったくの正反対でした。

むしろアクションに関してはスタティック。

目を閉じて軽々とシンバル、スネアを連打する彼の無駄の一切ない動きは、さながら禁欲的な修行僧でした。

演奏の底辺を支えるベーシスト・井野信義の太くて堅実なベースワークも見所でした。

正直、どういう理屈で、どういう発想で音を選択し、奏でているのかは、ベースを弾く私にとっても謎だらけのベースです。

いや、ベースを中途半端にやっているからこそ、難解に感じてしまうのかもしれない。

ところが、演奏を間近に見て感じたのは、細かい理屈はさておき、井野のベースの音は、“来て欲しいところに確実に収まっている”ということです。

一人一人のサウンドキャラクターと役割分担が非常にハッキリしているのですが、ときおり、自分の領域を踏み出て、音で挑発し、音でつばぜり合いをしていることが、生の演奏に接するとよく分かるのです。

非常に高度なピアノトリオだと思いましたね。

ビル・エヴァンスは、ピアノ、ベース、ドラムの三者対等でインプロバイズする「インタープレイ」という概念をピアノトリオに持ち込みましたが、「Ub-x」は、いうなれば、このインタープレイの発展形です。

なにせ、ベースソロ、ドラムソロすら無いのですから。

だから、ピアノソロのあとはベース、ベースソロのあとはドラムの4バース…、といった旧来の流れを期待している人にとっては肩透かしな演奏かもしれないですね。

しかし、各人のソロワークを期待するのは的外れ。

「Ub-x」の演奏は、3人の音の波が、絶えず溶け合い、反発、拡散を繰り返す、瞬間瞬間の音のエネルギー感を肌で感じとるべきものだと思います。

演奏も進化してるんだから、我々の聴き方も進化させないとね。

あ、ちなみに、「Ub-x」は、“ゆーびー・えっくす”ではなく、“ゆびーくす”と読みます。

楽屋を訪れた私に、一子さんが「ホームページ見ました。可愛いページですね」と褒めてくれたのですが、その嬉しさで宣伝しているわけじゃないので(笑)。

ジャズに興味の無い人にも「オシャレカッコいい音楽」としてオススメです。

いや、ホント。

Ub-XUb-X

記:2006/02/26

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