Impulse! ~オレンジと黒の革命【1】
text:高良俊礼(Sounds Pal)
オレンジと黒のレーベル
1990年代、CD屋のジャズ・コーナーで一際映える「色」があった。
「上はオレンジ、下は黒」と、タイトルに関係なく全て綺麗に統一されたその背を見て、私は何となく「あ、カッコイイな」と思った。
その時に私は「このオレンジと黒のレーベルにハマることになる」とは夢にも思っていなかった。
1990年代半ば、まだ18だか19才の、まだまだ「ノリと勢い」で音楽を聴いていたパンク少年であり、同時に戦前ブルースの中毒者だった。
既成のロックには飽き足らず、色んなジャンルの音楽に「パンク的衝動」を求めており、戦前ブルースを知って覚えた「胸が潰されそうなほど濃厚なフィーリング」を同時に求めた私が、フリー・ジャズというものを知り、そこから後期コルトレーンを入り口にしてジャズにどんどんのめりこむのは、ある種必然だったんだろうが、その時はただもう「うひゃひゃ!ジャズってこんなにパンクでヤバい音楽だったんだ!!」と、過激なジャズばかりを夢中になって買い集めていた。
インパルスの看板アーティスト達
アルバート・アイラー、アーチー・シェップ、ファラオ・サンダース、マリオン・ブラウンといった名前を覚えてはCDショップやレコード店に走り、さながら無差別テロの如くCDやレコードをハントしていたが、彼らはインパルスの看板アーティスト達。
気が付けば自宅のCD棚に「オレンジと黒の背表紙」がズラッと並んでいて「あ、そういうことか」と、運命というか必然というか、私自身がうまく言葉では説明できない大いなるものを勝手に感じて、私の「インパルス集め」は、ジャズリスナー初心者の頃の大切な「おつとめ」になっていた。
草創期のインパルス
さて、インパルスは個性、特色さまざまなジャズ・レーベルの中でも、ひときわ個性の強いレーベルである。
モダン・ジャズの王道/本流は、ブルーノートやプレステイジ、そしてリヴァーサイドといったところがガッツリ押さえている印象が強いし、事実50年代のモダン・ジャズ黄金期は、この3大レーベルが軸となって牽引してきた。
インパルスが大手ABCパラマウントのジャズ専門レーベルとして誕生したのは、そのちょっと後の60年代と後発もいいところだったが、この時代はモダン・ジャズの熱狂が、ややかげりを見せ出した頃。
巷にはロックやソウルといった目新しい音楽が、若者の関心を引き付け始め、黒人公民権運動や東西冷戦の激化といった社会的な出来事の影響力というものが、それまでになく文化全体に強く作用した時代でもあった。
当然ジャズにも、大きく揺れ動く社会情勢や、若者文化の移り変わりに対応する動きが見られるようになった。
ビ・バップからハード・バップへと、戦後からの進化の速度を一気に早めるかのように発展したジャズは、マイルス・デイヴィスらの手によって、理論的な部分で「これ以上進化しようがない」程に研ぎ澄まされ、60年代に突入したが、ジャズは更に理論の限界を打ち破り、コードやスケール、リズムなどの制約からの逸脱を模索しだした。
そのような中、インパルスは、最初「スタジオ・レコーディングでもライヴのリアリティを」というモットーを掲げて、アーティスト達のレコーディングをぼちぼち始めた。
その中にたまたま「ジャズを越えた新しい音楽をやりたい!」という意欲に燃えるジョン・コルトレーンがおり、作品ごとに過激さと強烈な個性に磨きをかける彼の創作活動が、レーベル内でひとつの磁場のようなものを作った。
その引力に引き寄せられるかのように、若く斬新な感覚を持ったミュージシャン達が、インパルスの門戸を叩くようになった。
図らずもインパルスは、「ライヴのリアリティ」以上に、60年代ジャズの背景でうごめく社会情勢のリアルな動きも、レコーディングするようになる。
記:2015/05/10
奄美新聞.2010年2月26日『音庫知新かわら版』記事を一部訂正
text by
●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル)