『太田螢一の人外大魔境』が、いまだに好きで好きでたまらない

      2022/08/19


太田螢一の人外大魔境

いざ行かん!

『太田螢一の人外大魔境』は、多感な時期の私にもっとも影響を与えた1枚だ。
アルバム中の歌詞はもちろん(結果的に)全部覚えたし、丸暗記した歌詞の寝言を言って友人から不気味がられたこともある。

冒頭では、巻上公一のヴォーカルが「いざ行かん!」とばかりに魔境探検に誘う。その名も《人外大魔境》
頭上にさんざめく大星雲を引きずり下ろし、マグマの熱き流れを踏み潰すほどに果敢で勇ましい旅立ちなのだ。

魔海サルガッソウ/謎の大洞窟

まずは魔海サルガッソウへと突入。
船体が藻の大集団に覆われ、マストが傾き、コンパスが狂い、スクリューが回転不能に陥る。

洞窟探検では首筋にヒルの群れが吸い付き、吸血コウモリにもまとわりつかれてしまう。

また、大水晶が林のように立ち並ぶ一方で、白くて目の無い角のあるサンショウウオもいたりする謎の大洞窟体験では、ふだん我々人類が目にすることが出来ぬ地底の世界を垣間見ることになる。

ピグミー

絶対冒険に出たくないと思った。

秘境、ましてや世界地図に未だ描かれていない空白の土地を探検に出かけようなんて気分には未来永劫なれないだろうなと思った。
だからこそ、狭い勉強部屋の中で夢見る箱庭的妄想大冒険が私の脳の中でリアルに繰り広げられる。

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ピグミーが吹き矢で倒したゾウのお耳のスープをいただき、ズボンの隙間から這い上がってきた軍隊アリが、耳や鼻から入り込み、あっという間に骨にされてしまう。

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太田螢一が紡ぎだす歌詞は、体言止めが多く、ヴィヴィッドにこちらの脳に訴えかける言葉の強さを持っている。

「ゲルニカ」の第三のメンバーとして、ヴィジュアルや作詞も担当していた彼だが、ゲルニカでのレトロチックな歌詞も大好きだった私ではあるが、『人外大魔境』の歌詞のほうにより強い写実性を感じる。

ファラオの呪い/エピオルニス

2千年の眠りより目覚めるファラオが、秘密の財宝を守るために棺の中より蘇る《ファラオの呪い》は、ピアノとヴォーカル怪しく中空に頬理投げるムーディメロディック・マイナーにどこまでも酔いしれる。一方、南の島では飛べない鳥・エピオルニスは島中の贄を探す。

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高校生になった私は、このアルバムの原点となった小栗虫太郎の『人外魔境』を捜し求めた。既に絶版だということを知り、半ばあきらめかけていたところに現れた女の子は、日暮里の図書館でアルバイトをしており、私のために『人外魔境』を借りてきてくれた。それがキッカケというわけでもないが、彼女と付き合いはじめた私は、とくに猟奇的な趣味があったわけでもないのだが、彼女の愛読書に感化されたのか、次第に夢野久作の『ドグラ・マグラ』などの作品に没入していくことになった。

極北/水棲人

極北。連絡途絶えたテント。

凍死した観測隊員の描写がほとんど出てこないかわりに、自分自身が大氷原の中に放り出された気分になる《極北の怪異》は今でも大好きな歌だ。ときおり、フリージャズ風のピアノを弾いては、それにあわせてお経のように歌詞を唱えることが大好きな私。

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フリージャズ風のピアノといえば、電気うなぎに打たれ、ピアラニアに食われて骨となったトッコ・ダ・フェート(蕨の切り株)の《水棲人》も、フリーがかったピアノがよく似合う。
ムードたっぷりの上野耕路が奏でるピアノに合わせて作詞者・太田螢一が自ら歌詞を朗読する。

不気味でありながらも、なぜだか微妙にユーモラスで、この朗読を聞くたびに、ふふふと低い声で笑ってしまう私がいる。

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このレコードに衝撃を受けた私は、高校受験中でありながらも、勉強そっちのけでむさぼるように聴きまくった。

聴けば聴くほど、心の中にわだかまっていた「何かを作りたい」「何かを表現したい」という欲求が高まり、自室の床中に友達から借りてきたシンセサイザーを並べ、奇妙な音源作りに熱中した。

秘境の毒臭気/巨大ダコ/海底火山

部族の掟を破り、駆け落ちした二人は、ガジュマルの樹木が密集するジャングルの奥地へ、奥地へと逃げる。しかし、たちこめる毒臭気に気がふれ、互いに噛み付き合って滝つぼに転落してしまう。二人の死を呑み込みつつも、何事もなかったかのようにやがて朝が訪れる。
この朝日の美しさの描写が巧みで、歌詞と歌手とピアノと曲調が見事な調和を取りながらも情景描写がなされる。

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海底調査艇に乗れば、巨大なタコに襲われ《深海SOS》の無電を打ち、挙句の果てには、天空焦がす火柱、噴煙を噴き上げる海底火山にも出くわしてしまう。

西安の子供市場

このアルバム全曲の作曲とアレンジは、太田蛍一と同じく「ゲルニカ」のメンバーの上野耕路だが、彼は坂本龍一の『ラスト・エンペラー』や『戦場のメリー・クリスマス』の音楽のお手伝いに携わっていたこでも有名だ。

だからというわけでもないが、『戦場のメリー・クリスマス』の《メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス》の印象的なリフレインに似たフレーズが一瞬現れる《西安の子供市場》は、美しいメロディがなおいっそう物語の悲しさに拍車をかける。
何も知らずにシーアンの市場で売られていく無垢な子供の心情を語る歌詞と、まるで童謡のようなメロディと歌唱の融合が残酷で美しい。

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なんとか高校受験を終えた私は、早速、封印していたシンセサイザーやキーボードを床に並べて、勢いで数曲を作曲してみた。

その中の1曲が《人外大魔境》
太田蛍一のアルバムをもろに意識していたのだが、音も言葉も自然と自分の内側から凄い勢いで噴出してきたことを今でも鮮明に記憶している。
歌詞もメロディも、だいたい5秒で出来た。
5秒で出来た圧縮されたイメージの塊を、紙と譜面に落とし込む作業も5分あれば十分だった。

今現在は政治運動に情熱を燃やす、当時のクラスメートに歌ってもらった。
なかなか面白い曲に仕上がった。

この音源に、コルグのアナログシンセサイザーで、バケツを引っ張ったいたようなアタック音を作り、かぶせた。
当時はショルダーキーボードにもなるシンセとして脚光を浴びていたローランドのSH-101に付属していたランダムなアルペジオを重ねると、よりいっそう怪しさの増す出来となった。

密林快男児

《密林快男児》は、土人を率いて先陣立ち、白馬にまたがる平和の勇者。
今日も密林をかけめぐり、悪の秘密結社と戦う。

源義経のように空間を身軽に飛び回り、加藤清正のようにトラやライオンを次から次へと手玉にとる。

小学校の頃の私は、夕方になるとテレビの前にかじりつき、昔のヒーローものの再放送に心躍らせる子供だったが、まるでそのときの気持ちに戻してくれるような《密林快男児》は、おどろおどろしくミステリアスな『人外大魔境』のラストを飾るにふさわしいナンバーだ。いつも、これを聴くたびに勇気と希望が湧き上がってくる自分がいる。

中学時代の思い出

ここから先は余談になる。

中学の卒業式前の謝恩会では、仲の良いYMOフリークの友達数人でバンドを結成し、YMOのナンバーほか、私が作ったバージョンの《人外大魔境》も披露した。

数ヶ月前にYMOは散会してしまったものの、解散前のライブのメンバーたちの衣装が格好良かったので、少しでもそのイメージに近づけるべく、学生服の上に、真っ赤な腕章を巻いて演奏した。

ヴォーカルの派手なパフォーマンスのおかげではあるが、YMOナンバーよりも、私の《人外大魔境》のほうがウケが良かった。

当時で一番最新のバージョンのカシオトーンは、フラット9thコードを押さえると、とても怪しいアルペジオを奏でる伴奏パターンがあったので、それを多用することによってパンチのあるアレンジに仕上げられたことも嬉しい思い出だ。

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久々にレコードからカセットテープにダビングした『人外大魔境』を聴きながら、ついつい昔のことを思い出してしまった。

このアルバム、CDで買いなおしたい。
一瞬、CDが再発されたことは記憶にあるのだが、すぐに店頭から姿を消し、現在、アマゾンで中古で出品されているものの価格を見ると、なんと8千円代。

うーむ、ちょっと高いぞ。

記:2012/09/15

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