KAEAOKE-人生紙一重-/試写レポート
『TIME』って雑誌、ご存知でしょう?
アメリカの雑誌だけれども、月なみに言えば、世界的に有名な雑誌です。
私も、『TIME』のアジア版を購読しておりますが、ま、それだけ世界中、広範囲にわたって販売されている雑誌なわけです。
1999年、この雑誌の特集で「今世紀もっとも影響のあったアジア人の20人」という企画があったそうです。
毛沢東、ガンジー、裕仁天皇……。
このへんまでは、皆さん、なるほどと納得することでしょう。
では、井上大祐という日本人はご存知?
え?それ誰?
私もそう思いましたよ。
『TIME』の評によると、彼は「世界的文化の発信者」だそうです。
この人、何を隠そう、彼こそ、カラオケを発明した人なのですね。
「毛沢東やガンジーがアジアの昼を変えたというなら、井上はアジアの夜を変えたのだ。」これも『タイム』の評。
カラオケは、今やすでに世界の共通語。
「世界の夜を変えた偉大なる発明」なカラオケですが、発明者の井上氏は、マヌケなことに、特許出願をしなかった。
するのを忘れたというか、そもそも特許を取るという発想がなかったようだが、とにもかくにも、素晴らしい発明をしておきながら、一文もトクをしなかったという間抜けながらも憎めない人なわけです。
そんな井上氏が、カラオケを発明するまでの過程を、重くなりすぎずに、比較的軽やかなテンポで描いているのが、本作品なのだ。
ロカビリーの路上演奏に感化され、証券会社をやめた主人公(押尾学)。
楽譜も読めないし、音楽をやるのもほとんど始めての状態から独学でドラムの練習を開始。
ドラムの腕一本でビッグになろうと全国を放浪するが、なかなか雇ってくれる店がない。
食うや食わずでさまよって、行き倒れたところを大物歌手(千昌夫)に拾われる。
彼のステージの司会をしばらくやった後、友人が文学賞を取ったことを知り、彼の家を訪ねる。彼の妹(山田麻衣子)より、かねてから思いをよせていた深窓の令嬢、吉岡美穂が見合いをすることを知る。
そして、金持ちボンボンと見合中の吉岡美穂を奪い、結婚。貧乏ながらも、希望に満ちた新婚生活が始まる。
フルートの教材を売り歩くも2年間で1冊も売れなかったり、飲み屋で流しのオルガン弾きをしたりと、何をやってもうまく行かないけれども、前向きな姿勢は失わない主人公。
貧乏暮らしが続くが、「いつか何かをやったるで」という気概を失わずに目はギラギラしているので、悲壮感はまったく感じられない。
転機は飲み屋で訪れた。
当時の飲み屋には「流し」がいた。
特に、神戸、大阪など関西における「流し」とは、自分が弾き語るのではなく、客の歌伴奏をする人のことをさす。
ある日、彼が飲み屋で出くわしたのが、「恐るべき音痴」と飲み屋からも流しからも怖れられている町工場の社長。そもそも歌うキーが違うので、どんなにうまい流しが伴奏をしたところで、そもそも音程が合わないので下手に聞こえてしまう。
しかし、譜面が読めず、自己流でオルガン伴奏を身につけた主人公は、機転を利かせ、客のキーにあわせて、瞬間的に移調をしながら伴奏を合わせた。
音痴は、実はキーが違うだけだったので、キーさえ変えれば、聴ける歌になった。当然社長は大喜び。
この社長が宴会で歌っても恥ずかしくない伴奏マシンを作ってあげたことがキッカケとなり、現在のカラオケの元祖「8ジューク」が完成した。
100円玉を入れれば、バックの演奏が流れ、テープのスピードをコントロールすることで、キーが変えられる仕組みのマシンだ。
最初は、「わざわざお金を払って歌うシロウトなんかいるわけがない」と批判的な視線を投げかける人も多かったものの、「8ジューク」の評判は広まり、みるみるうちに大量の発注がやってくる、というのが大雑把なお話。
「カラオケって、こんなルーツだったんだ」と、「へぇぇ」な映画ではありますが、細かいところを突っ込まさせていただきますと、この映画の本当のところの狙いが実のところ私にはよく分からない。
本当は、カラオケの誕生を描くのではなく、バブル崩壊で路頭に迷った証券マン、そう、主人公の元上司の高田純次にエールを送るための映画なのではないかと感じる。
冒頭、一番最初に流れる星野仙一によるナレーションは、「全国のガンバルお父さんに捧げる映画です」だし、ラストの執拗なまでの「お父さんがんばって」の映像コラージュは、カラオケを発明した井上大佑氏の人生とは直接関係あるものではない。
これはどう見ても、妻のため、子どものために地道に地味にガンバるお父さん、つまり高田純次と彼と姿がオーバーラップする全国のさえない中年オジさんに向けてのエールではないか。
だって、主人公の井上大佑には子供がいないし(可愛がっていた犬はいたけど)、カラオケで儲けることに失敗し、相変わらずの貧乏な中年になっても、彼の生活はどこか自由人ぽく、この映画が応援しようとする、全国の中年サラリーマンに漂う悲壮さは微塵も感じられない。
映画の最初と最後で強く主張されるメッセージに従うと、本当の主人公は、浮き沈みの激しい人生を送る主人公の元上司、そして父親の友人でもある高田純次のなのではないか?
たしかに押尾学演じる主人公も、様々な苦労を重ねて、カラオケを発明するにいたったが、彼のキャラクターゆえ、それほど苦労に苦労を重ねて、頑張りましたってふうには見えないからね。
「カラオケを発明した人間」と、「彼の周囲を行き来した人間も描くことによって1960年代後半から70年代の日本の世相も描写する」ことが当初のテーマだったのだと思う。
ところが、高田純次演ずる証券マンの栄光と転落を扱っているうちに、軽く触れるだけでは済ませられなくなり、彼の人生描写にもかなりのフィルムを費やすことになってしまったのだろうか?
真相はともかくとしても、カラオケ誕生前夜の60年代後半から70年代の日本の空気と人々を描きながらも、そこから20年以上も過ぎたバブル崩壊後の日本までを描き、浮浪者から立ち直ろうとする高田純次の「お父さんがんばって!」な姿を描くのは、サイドストーリーとしては比重が重すぎな感じがしないでもない。
もちろん、面白く鑑賞することが出来たが、テーマが絞りきれず、結局二人の男の人生を描く結果になってしまい、その分、軸のブレた内容になってしまっていることは否めない。
観た日:2005/03/28
movie data
KARAOKE-人生紙一重-
原作:大下英治
監督:辻 裕之
製作:北川雅司
プロデューサー:鹿糠雅博、佐藤敏宏
脚本:石川雅也、伊藤秀裕、佐藤敏宏
出演:押尾 学、吉岡美穂、宇崎竜童、室井 滋、小沢仁志、ベンガル、梅津 栄、山田麻衣子、貫地谷しほり、高田純次、千昌夫、間 寛平、蟹江敬三、星野仙一(声)ほか
記:2005/04/03