マドリガル/山中千尋

      2023/02/13

聴きどころ盛りだくさん!

アルバム冒頭の《アントニオズ・ジョーク》、最初の数秒を聴くと、一瞬『ホレス・シルヴァー・トリオ』の最初の曲《ホロスコープ》出だしとそっくりなので、一瞬ギョッとする。

もっとも正確には、ホレスの場合は、
♪ド#ミ~・ド#ミー

だが、

山中の場合は、

♪ミ♭ド~・ミ♭ド~

だが。

それでも、限りなく酷似したメロディの波形は、これは意図的なホレスへのオマージュなのかもしれない。

しかし、それも一瞬の出来事。

ホレス色から、ただちに山中千尋のピアノ世界が展開される。

タッチのせいで、アクのない爽やかに聴こえるかもしれないが、しかしそれでいて長年ハードバップに親しんできた者の耳を捕えてやまない旋律は、まぎれもなくファンキージャズの要素を孕んだ曲想。

ボビー・ティモンズやソニー・クラークが弾いても、まったく違和感を感じない、いやむしろ、彼らが作曲自演していると勘違いされるのでは? といった想像をかきたてられる《アントニオズ・ジョーク》。

山中千尋は、バークリーで新しいジャズのスタイルのみならず、古いジャズのエッセンスをも取り込んでいるという証でもある。

最初の1曲目で掴みもバッチリな『マドリガル』だが、アルバム全体を覆う瑞々しいピアノの中に、聴き手を一瞬ドキッとさせる仕掛けが満載されており、最後まで聴き飽きない構成となっている。

初リーダー作という気負いもあるのだろうか、特にスタンダードナンバーはかなり凝ったアレンジ、ハーモナイズがなされている。
凝ったアレンジ、というよりもイタズラ心に溢れハーモナイズとメロディ変形がなされているのだ。

たとえば《テイク・ファイヴ》。

誰もが聞いたことのある有名曲だが、これに耳の引っかかりを意図的に挿入し、自らの個性を主張しようという試みが感じられる。

特に、メロディをスムースに耳の中に受け入れることを許さない、突拍子もない転調、半音を上がったり下がったりのテーマの旋律の処理。

すなわち、突拍子もない転調や、テーマにおいての凝った和音。

この気持ち悪さが気持ちいい。

凝った和音といえば、これまたエリントンの有名曲《キャラバン》のテーマの和音も、濁りの要素をあえて混入して、「新解釈・アプローチ」を披露する。

重厚で濁りのあるサウンドがエリントン流。だとすると、山中は、エリントンのテイストとは異なる現代的でスマートな濁りを混入したといえる。

ただし、アドリブは後半になると息切れ気味。

引き出しはたくさんあるのだろうが、うまくつながらないまま、ラスト近くでは音は失速していないが、気持ちはちょっと萎えているんじゃないか?と感じる。

おそらく、このアルバムの中では、もっとも面白いアプローチをしているのが、《学生時代》だろう。

そう、♪ツタの絡まるチャペルで~ の“あの曲”だ。

トリスターノ風な演奏、そして終盤に登場するテーマの処理も気持ち悪・気持ちよい。

記憶の中のメロディで旋律を追いかけると、いつのまにか半音下がっていたり、上がっていたり、いつの間にか元に戻っていたりと、なかなか“はぐらかし”がお上手。

原曲のメロディは後半に出てきて、わざと音程をあやふや、かつクロマチカルに弾き、調子っぱずれ感を強調しているので、「ちょっと凝り過ぎ」なゲップ感は否めないが、テーマが登場するまでの演奏はカッコイイ。

トリスターノ好きなら、「おっ!」と身を乗り出すことだろう。
だって、『鬼才トリスターノ』の1曲目とそっくりなのだから。

「半音ズラしメロディ処理」もそうだが、伴奏の和音の処理(リハーモナイズ)も山中流の気持ち悪気持ち良いセンスが光る。

たとえば、エリントンの有名曲《キャラバン》のテーマの和音も、エリントンよろしく“混濁重厚和音”を混入しているが、この濁りは、明らかに非エリントン的。山中流のスマートな濁りだ。

ただし、アドリブに関していえば、後半になると息切れ気味。
引き出しはたくさんあるのだろうが、うまく繋がらないまま、ラスト近くでは音は失速していないが、気持ちはちょっと萎えているんじゃないか?
と感じる。

タイトル曲は普通の出来で、可も無く不可もなく。

わざとだと思うけれども、極端に「カクカクとした感じ」を前面(全面)に押し出して、弾きまくる《キャラヴァン》は、アプローチとしてはユニークかもしれないけれども、あまり好みではない。

では、このアルバムの個人的な目玉は何かというと、それは《オホス・ロホ》だ。

この曲は、レイ・ブラウンのリーダーアルバム『サムシング・フォー・レスター』の冒頭を飾る情熱的な曲で、シダー・ウォルトンの熱いピアノが印象に残る名曲だ。

この曲も、ジャズファンからしてみればお馴染みのナンバー。

しかし、《テイク・ファイヴ》や《キャラバン》のように、ヘンにアレンジに凝らず、ストレートにピアノに思いのたけを叩き付けた演奏は爽快だ。

シダーのような味のある哀愁はないが、そのぶん、思い切りの良いはじけたピアノが炸裂し、当時の新人ピアニストが秘めた潜在力の一端を垣間見ることが出来る。

もとより、この曲は哀愁漂う名曲ではあるのだけれども、テンポをシダー&レイ・ブラウンのバージョンよりもさらに速め、ほとんど乱れぬタッチで弾ききるところは見事!

他の曲ほど「作為的」ではなく、ストレートに思い切り良く弾ききったところが功を奏したのだと思う。

懐かしくも楽しい味を出した《レッスン51》も個人的にはフェイヴァリット。

山中千尋に関しては、これまでは何枚かのアルバムをパラパラと「斜め聴き」していた程度で、それほど親近感が湧かなかったのが正直なところだが、この《オホス・ロホ》の演奏の“発見”を機に、少しだけ彼女のピアノに親近感を覚えはじめている今日この頃。

端正でイーヴンな音の粒立ちで、アドリブフレーズ集に出てきそうな整然としたクロマティカルなフレーズが随所に出てくる、ラテンタッチの《Salve Salgueiro》。

これは、リズムはラテンながら、ピアノはラテンというよりも、山中流の柔らかい生真面目さがあり、ラテンと非ラテンの狭間を行き来する妙な違和感は、それはそれで楽しい。

国府弘子を、いくぶん生真面目にした感じのラテンフレヴァーピアノではある。

最近は大手に移籍して、精力的に次々とアルバムを発表している彼女だが、キャリア初期を代表するこのアルバムの瑞々しさが私は好きだ。

記:2007/08/26

album data

MADRIGAL (澤野工房)
- 山中千尋

1.Antonio's Joke
2.Living Time Event V
3.Madrigal
4.Ojos De Rojo
5.School Days
6.Salve Salgueiro
7.Caravan
8.Lesson 51
9.Take Five

Chihiro Yamanaka (p)
Larry Grenadier (b)
Rodney Green (ds) #1,3,4
Jeff Ballard (ds) #2,5,6,7,8,9

2004/2/12,13&15

 - ジャズ