メンフィス・アンダーグラウンド/ハービー・マン

   

軽い、だから良い

太いゴムがブルルンと大きく震えるかのようなベースの中低音に、スナップが効いた軽やかなドラム。

軽やかながらも、弾力のある心地よいリズムコンビネーション。

ザラついたトーン。
ロックなフィーリング全開で、イナたくウネるギターに、オモチャの鉄琴のように高域の軽やかなヴィブラフォン。

これに加わる、主役のハービー・マンのフルートは、どこまでも軽やか。
いや、軽やかというよりは軽い。

だから良い。

これらの音色のブレンドの妙が、『メンフィス・アンダーグラウンド』という心地良いアルバムの大事な要素なのだ。

演奏内容以上に、私はこのアルバムの音のブレンド具合の気持ちよさを楽しむ。

哲学がない・だからいい

ハービー・マンは、硬派なジャズファンからは「けっ!」と小馬鹿にされがちな存在で、損なフルート吹きだと思う。

多くの真面目なリスナーは、彼の音楽を「ジャズ」として、無意識に哲学的な要素を期待して聴くから肩透かしを食らうのかもしれない。

でも、彼の音には哲学がないので(笑)。

でも、だからいいのさ。

特に、このアルバムは、ね。

軽やかなフィーリングというよりは、軽さそのものです(笑)。

だからいいのだよ。

浮気性の軽やかさ

こういう逸話がある。
ハービー・マンは最初はテナー・サックス奏者だったが、マット・マシューズがフルート奏者を募集していることを知ると、フルートを猛練習したのだそうだ。
結果、見事、マシューズの録音に採用されたという。

楽器をテナーからフルートに変えたのは、もちろんマット・マシューズに採用されるためだが、もう一つ理由があって「競争相手の少ない楽器のほうが出番は多いから」だとのこと。

また、彼は、レゲエ、ブラジル音楽、アフリカ音楽、ディスコ・サウンドなど、さまざまな音楽に触手を伸ばしたが、本人いわく「ナッシング・イズ・フォーエヴァー」。

永遠なんてないのさ、だって。

つまり、「イタリア料理、フランス料理、ブラジル料理、みんなおいしいけれど、明日はまた別の料理を食べたくなるかもしれない」と語ってもいる。

その気持ちは、よく分かるけれども、うん、浮気する男がよく使う理屈だな(笑)。

ま、それは良いとして、軽い、節操がない、ポリシーがない、哲学がないと言ってしまえば、それまでだが、「俺にはこれしかないんだ!」的な重苦しさがまったく感じられない能天気さは、それはそれである種の爽快さすら感じる。

哲学もポリシーもない「その場かぎり」の音が百花繚乱な時代に、マンの音楽にかぎって、同様な理由で厳しい眼差しを注がれては可哀相だ。

そのうえ、「その場かぎり」の音が2年ぐらいで忘れ去られてしまう世の中、いまだ時代の風雪に耐えて、60年代後半の雰囲気を真空パックして我々の耳に届けてくれているのだから、それはそれで大したもの。

サム&デイヴの《ホールド・オン・アイム・カミン》をはじめとして、ソウル・ナンバーが多いことも、このアルバムを人気づけている一要因かも。

結局、飽きない

そんな彼の哲学やポリシーなどを抜きにしても、とりあえず『メンフィス・アンダーグラウンド』は気持ちの良いサウンドだ。

歌の無い、軽やかな雰囲気のロック、いや心地の良いソウルアルバムとも言えるかもしれない。

いや、この際、分類なんてどうでもいいや。

気持ちの良いアルバム、ってことで。

朝の目覚めにも最適。

少しずつ、脳に血がめぐり始める速度とシンクロするようなリズムとテンポ。

3曲目の《ホールド・オン・アイム・カミン》ではギターがハッスルして、B級チックにギュイン・ギュインと唸るあたりになると、すでに一日を迎えいれる万全の態勢が出来上がっています。ドンと来い、一日!と、頼もしくなっている自分を発見するでしょう。

そういえば、この曲はウエザー・リポートの初代ベーシスト、ミロスラフ・ヴィトウスがエレキベースを弾いている。

エレキベースを弾くヴィトウスは珍しくないかもしれないが、こういうファンキーな曲を弾くヴィトウスは、珍しいと思う。

いややは、グルーヴしまくりじゃないですか!

結論。

『メンフィス・アンダーグラウンド』は、ハービー・マンが良い、悪い以前に、曲が良い。
演奏が良い。
特にリズムが良い。

だから、ずっと聴き続けていても、飽きないのだ。

飽きない、というのは、名盤の条件の一つ。

ということは、やっぱり、『メンフィス・アンダーグラウンド』は名盤なのだ。

記:2005/02/23

album data

MEMPHIS UNDERGROUND (Atlantic)
- Herbie Mann

1.Memphis Underground
2.New Orleans
3.Hold On,I'm Comin'
4.Chain Of Fools
5.Battle Hymn Of The Republic

Herbie Mann (fl)
Larry Coryell (g)
Sonny Sharrock (g)
Reggie Young (g)
Bobby Emmons (org)
Bobby Wood (p & elb)
Roy Ayers (vib,conga#5)
Tommy Cogbill(elb)
Mike Leech(elb)
Miroslav Vitous (elb) #3
Gene Christman (ds)

1968/8月

 - ジャズ