ライヴ・アット・モントルー・ジャズ・フェスティヴァル/ポンタボックス

      2022/08/11

水野正敏とポンタボックス

フレットレスベース奏者・水野正敏が奏でる音について分析してみたい。

とともに、フレットレスベースの特徴や奏法も書きつつ、水野正敏のユニークなプレイを堪能できるポンタボックスのアルバム『ライヴ・アット・モントルー・ジャズ・フェスティヴァル』の感想も書いていこうと思う。

水野正敏=ロン・カーター説

私にとっての水野正敏というベーシストは、ロン・カーターだ。

もちろん、エレキベース、アコースティックベースという違いはあるが(もっとも水野はアコースィックベースも弾くし、ロン・カーターもエレベを弾いたこともあるが)、二人の間には、いくつかの共通点がある。

強引にまとめると、二人とも「フレーズのアイディアは豊富」であることだ。

また、「音がフニャフニャ、音程が悪い」という共通点もある。

録音技術の進歩によって、ロンのベースの音色は、時代によって随分と変わるので、一括りにはできないかもしれないが、少なくともズシン!とタテに垂直に響くガッツのある音ではない。

「ズシン!」ではなく、大音量で再生してみると分かるが、ロンのベースは、ズイーン!と下へ下へと伸びる音で、それはそれでユニークな個性だということが分かるが、ボリュームを落とすと、音にガッツがなくなり、ぺなぺなぺな~と音の立ち上がりのインパクトに欠けた音に聴こえてしまう。

水野正敏のフレットレスベースも、ロンの音のアタック感とサスティンに似ている。

いや、もっとアタック感はないかもしれない。

エレキベースゆえ、音の輪郭がはっきりとクリアに増幅されてしまうため、音程やアタック間などはウッドベース以上に如実に浮き彫りになってしまうのだ。

フレットレスベースの特徴

フレットレスベースの大きな特徴、そして普通のフレット付きのエレクトリックベースとの大きな違いのひとつとして、「音の立ち上がりの遅さ」が挙げられる。

金属のフレットとブリッジ部の金属のコマ。
金属と金属で音が区切られるフレッテッドベース(要は、普通のエレキベース)は音の立ち上がりは俊敏だ。

しかし、ブリッジの金属のコマと、もう片方は指の肌という柔らかいモノで音程が作られるフレットレスベースは、音の立ち上がりがコンマ数秒だが、遅い。

それは弦高を低くすれば低くするほど如実に効果が現れる(私はそれがイヤで弦高を上げているのだが、そうすると逆に音程を取りにくくなる)。

ゆえに、水野正敏のフレットレスベースの音色は、ある意味「フレットレスらしい音色」ともいえる。

おそらく、フレットレスベースを弾いたことのある人だったら誰もが体感していることだと思うが、いとも簡単に水野正敏的なフヤフヤなニュアンスは出せるはずだ。

これは自転車と一輪車の違いにたとえると分かりやすいかもしれない。

直線で真っ直ぐに走るのは難しいが、くねくねと蛇行した走り方は初心者にも簡単に出来る一輪車と同じで、じつは、フレットレスベースは、普通のエレキベースでは簡単に出せるビシッ!したと正しい音程と、ズシン!とくるアタック感を出すことのほうが困難なのだ。
もちろん、弦の高さなど、セッティングの違いも大きいのだが……。

しかし、だからといってすべてのフレットレス奏者の音がフヤフヤかというと、そうとは限らない。

音の立ち上がり

良い例がジャコ・パストリアスだ。

彼の立ち上がりの鋭いセクシーな低音は、状態の良いフェンダー・ジャズベースという楽器の性能や、ピッキングの多くがリア寄りの位置であることも大きな理由ではあるが、それ以上に卓越した彼の楽器操作技術の賜物だろう。

他にも、パーシー・ジョーンズのように、「ドクン!」と一音のアタック感とインパクトのあるフレットレス奏者もいるように、フレットレスベースも、弾き方次第では、立ち上がりの良い垂直方向にインパクトのある音は出せるのだ。

ジャズではないが、そういえば、故・諸田コウもガッツのある音色をフレットレスベースから引き出していた。

ニュアンスの幅

フレットレスベースの利点は、フレッテッドベースには出せない微妙なニュアンスを出せることにあると思う。

とくにメロディアスなプレイをする際の表現力の幅は、フレット付きのベースよりは広いのではないかと感じる。

例えば、ジャコ・パストリアスは、バラードやベースソロでは、「ぬぁ~ん」とした立ち上がりが遅く、甘い音色でニュアンスを表現していた一方、16分音符の速射砲のようなフレーズを弾く時は、立ち上がりの速い音色でバリバリと弾いていた。

これは弦をピッキングする位置でニュアンスを変えられることなのだけれども、要はジャコ・パストリアスの場合は、フレットレスベースの特性を知り尽くし、ベース一本で、広い表現レンジを獲得していたのだ。

つまり、演奏技術とセンスがあれば、フレットレスベースからは、フレッテッドのニュアンスも、フレットレスにしか出せないニュアンスも出せるはずなのだ。

日本のジャコ研究家の演奏

しかし、どういうわけか、水野正敏といい、濱瀬元彦といい、日本でジャコ・パストリアスの奏法をミッチリと研究しているはずのフレットレス奏者の音は、ノッペリとして表情に乏しいことが多い。

なぜか、ダイナミクスの幅も狭く、表現のレンジも狭いのだ。

彼らが雑誌や書籍に書いたジャコの奏法に関しての分析を読むと「なるほど!」と思うことも多いが、研究は研究、演奏は演奏。音楽とは、必ずしも研究通りには実践できないということを、彼らは見事に証明してくれている。

ロンと水野のベースライン

と、フレットレスベースの話が長くなってしまったが、要するに水野正敏のベースの音は、研究の対象となっているジャコ・パストリアスよりも、ウッドベース奏者であるロン・カーターに近いものがあるのだ。

アタック感が弱く、ペニャペニャした音で4ビートのラインを奏でているのは、『ウォーキング・ベースの常套句』(ビデオメーカー)という彼が出している教則ビデオ(DVD)の冒頭のデモ演奏《コンファメーション》のベースに顕著だ。

しかし、先述したとおり、ベースラインのアイディアは、ロンも水野も豊富で、4ビートの曲を演奏していても、堅実に4ビートを刻むだけではなく、積極的にフロントに絡むラインを弾いたり、音符の符割を変えて定速ビート感にストップをかけたりして演奏に緊張感をもたらすことも多い。

これは、ベーシストとして興味あるアプローチではあるが、一方で、このような「小技」を発見して喜ぶのは、ベーシストだけなんだろうな、とも思う。

もし私が管楽器奏者だったら、「コチョコチョ小細工ばっかりするな。きちんと“4つ”を刻めや」と怒り出すかもしれないが、それは私の嗜好が保守的なだけであって、進歩的で演奏にハプニングを期待しているジャズマンには喜ばれるのだろうなぁ。

ポンタボックスの1stとライヴ盤がベスト

さて、そんなフレットレス奏者・水野正敏の良さが前面に出たアルバムは何だろう?

私は村上“ポンタ”秀一率いるピアノトリオ、ポンタボックスの1枚目が良いと思う。

なぜなら、水野正敏のペナペナなベースやアイデアがが良い意味で生きているから。

佐山のピアノは、どのアルバムも溌剌として元気一杯なプレイを聴かせてくれることも大きな理由。

とにかく、ファーストレコーディングということもあって、メンバーの張り切りっぷりが音となってダイレクトに伝わってくる。

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水野正敏のペタペタした音程の悪いフレットレスベースのプレイも、ポンタボックスの中では、そういったマイナス面も良い方向に左右している不思議さがある。

次点は、スイスのモントルーで行われたライブ盤かな?

演奏する曲目の多くは、マイルス・デイヴィスの愛奏ナンバーに占められているが、マイルス自身が演奏したナンバーに漂う“妖しさ”や“毒気”は希薄なものの、その分、スピード感と爽快感に溢れた演奏が続く。

(冒頭の「ネフェルティティ」は、もっと長く演って欲しかったが……)

もっとも、“マイルス・レパートリーのコピーバンド”としてのポンタボックスの演奏も悪くはないが(ものすごく良いわけでもない)、やはりオリジナルが多く、意気込みに溢れた1枚目こそが、ポンタボックスというユニットの名刺代わりとなるアルバムだと個人的には思っている。

だがしかし、おそらくこれらの曲をいきなりスイスのモントルーの聴衆の前で演ったところで、「なんじゃこりゃ?」となるのがオチ。

だからこそ、誰もが知るマイルス・レパートリーを前半に持ってゆき、バンドとしてのプレゼンテーションを終えた中盤以降より、彼らのオリジナル曲を持ってゆくプログラムになっているのだろう。

結果は大成功、のようだ。

わざわざ11曲目には《ストーム・オブ・アプローズ》と名うった、曲ならぬ「拍手の嵐」のパートまで設けられているのだから。

会場の音響のせいか、はたまたエフェクトをかけているのか、水野正敏のベースはエコー(リヴァーブ?
)がかかり過ぎているように感じる。

しかし、これがまた良いアクセントとなって「日本からやってきたエレクトリックベースなピアノトリオ」としての新鮮なサウンドを会場に注ぎ込んでいるのは確か。特に《ナルディス》においては、ミステリアスな曲調をさらに高めているといえなくもない。

さらに、水野のピッチの悪さも、かつて同じくピッチの悪いロン・カーターが名演を残し、ピッチの悪さがかえって功奏した《ピノキオ》などで大活躍。

ぺちゃっ!としたノリで、強引にハイポジションから下降してゆくラインなんて、かなり痺れる。

この疾走するランニング・ベースの虜になる人もいるのではないだろうか。

《セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン》の低音にかかった微妙なエコーも、重厚な雰囲気を演出していてよろしい。それは、《フットプリンツ》のリフにもいえる。

彼らのオリジナル《フィフティーン》も、フレットレスならではの微妙な音の立ち上がりの遅さと、微妙な音程のズレが生きたリフで、会場からもこのリフにあわせた拍手がパラパラと立ち上っている。

音響面的には、水野のベースは音色といいエコーといい、かなり特徴ある効果を演奏におよぼしていることがよく分かる。

ジャコを目指して、ジャコを研究し、結果的にはジャコとは違う地点に着地した彼のオリジナリティ、これはこれで悪くはないし、村上ポンタの選曲とドラミングが彼の「ジャコになりたい、オリジナリティも出したい」という相反する欲求を非常にうまく引き出し、佐山雅弘が、過不足なくサポート、それが初期のポンタボックスの良さなのだと思う。

1枚目と、ポンタボックス、最初のピークを捉えたライヴ盤。
この2枚こそが、フレットレスベーシスト・水野正敏の奏法上の「癖」や、ともすればマイナス要因に陥りがちな「特徴」が、良い方向に昇華された傑作アルバムだと私は考えている。

記:2007/08/04

album data

LIVE AT THE MONTREUX FESTIVAL (Victor Entertainment)
- Ponta Box

1.Nefertiti
2.Pinocchio
3.Ginger Bread Boy
4.Seven Steps To Heaven
5.Footprints
6.If I Were A Bell-Freedom Jazz Dance
7.Pin Tcuk
8.Dawn
9.Fifteen
10.Concrete
11.Love Goes Marching On-Straight,No Chaser
12.Storm Of Applause
13.Nardis

村上“ポンタ”秀一 (ds)
佐山雅弘 (p)
水野正敏 (el-b)

1995/07/21 (at Montreux Jazz Festival)

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