ノスタルジア/ファッツ・ナヴァロ

   

心霊写真テイストのポートレイト

ファッツ・ナヴァロのアルバムのジャケットには、怖いものが多い。

昔、心霊研究家の中岡俊哉の『恐怖の心霊写真集』という本があって、私はこのシリーズを夢中になって読んでいたクチだが、シリーズの一冊目に“外国の心霊写真”という章があった。

妖精と戯れる少女の写真(コナン・ドイルが大きく取り上げたコティングリーの妖精事件の写真ですね)や、口や鼻から出てきたエクトプラズムという物質を人間の形にする“物質化幽霊”の実験の写真などが載せてあり、子供だった私にとっては、見てはいけない“この世の裏側&暗部”を覗いている気分にさせるに充分な、刺激タップリな写真ばかりが載っていた。

インチキなのかホンモノなのかは別としても、これらの写真が持つ独特でミステリアスな雰囲気は、幼い私の目を釘付けにするだけの不気味さとインパクトがあった。

これらの淡い白黒写真のテイストに非常に近いジャケットが、アニタ・オデイの『アニタ・シングズ・ザ・モスト』で、まぁ見方によっては“古き良き時代のアメリカ”という感じもするが、もしアニタの口からエクトプラズムが出ていたり、彼女の胸元で妖精が踊っていたら、『恐怖の心霊写真集』の“海外の心霊写真”のコーナーに掲載されてもなんら遜色の無いテイストだよなぁと、勝手に思っていたりもしていた(失礼)。

さて、ファッツ・ナヴァロのジャケットだ。

ブルーノートの『ザ・ファビュラス・ファッツ・ナヴァロ』といい、サヴォイの『メモリアル』といい、なんだかこれらのジャケットの雰囲気も“外国の心霊写真”のそれだ。

両ジャケットともに、目をつぶって、ディジー・ガレスピーのように頬をカエルのように大きく膨らませてトランペットを吹いているナヴァロの姿。


ザ・ファビュラス・ファッツ・ナヴァロ Vol.1

カエルというよりかは、フグですかね。

退色した色使いの効果が大きいのだろうが、この写真が持つ、なんだか古めかしい雰囲気には、“外国の心霊写真”と同質のテイストがあり、トランペットの先からは、ひょっとしたら音ではなくて、エクトプラズムが出ているんじゃないかもしれないと、バカな想像をしてしまうほど、何だか薄寒い雰囲気がある。

そうかと思えば、『フィーチュアリング・ウィズ・タッド・ダメロン・バンド』のジャケットのナヴァロ。


Fats Navarro with the Tadd Dameron Band

ナヴァロは目を開けてトランペットを吹いているが、この開いた目の恐いこと恐いこと。やぶ睨みでトランペットを吹いている。

一体、何を見て、何をそんなに怒ってトランペットを吹いているんだよ~!

これらアルバムの写真から、ファッツ・ナヴァロといえば、私にとっては怖いジャケットの多い人というイメージがしっかりと刷り込まれてしまった。

実際は、心優しい人だったらしいが……。

しかし、犬猿の仲のバド・パウエルがピアノを弾いている最中に、鍵盤の上の指をめがけてトランペットを振り下ろしたという逸話も残っている。

パウエルは、さっと手を引いたので大事には至らなかったが、ナヴァロが振り下ろしたトランペットはグチャグチャに潰れていたという。

心優しい人が、そんなことするか?

もっとも、そんな心優しいナヴァロに、そこまでさせてしまうパウエルこそが極悪人なのだという説もあるが……。

それはともかく、私にとっては、怖いジャケットのオンパレードのファッツ・ナヴァロだが、例外もある。

サヴォイの『ノスタルジア』だ。

良いアルバム、素敵な歌心

これはいい。

素敵なジャケットだ。

だって、ナヴァロがいない(笑)。

公園のベンチに置かれた譜面とトランペット。そして、ピンクの花。全体的に緑がかったトーンの写真に、桜モチのような色の花が、良いアクセントとしてジャケットのイメージに、文字通り花(華)を沿えている。

ジャケットが良いから好き、というわけでもないが、私はナヴァロの中では『ノスタルジア』を一番聴いている。

ジャケットも好きだが、タイトル曲の《ノスタルジア》が好きだということも大きな理由の一つだ。

《アウト・オブ・ノーホェア》を下敷きに、流麗にメロディを改変して作ったこのナンバーを、カップ・ミュートを付けて、メロディを愛しそうに吹くナヴァロ。

ほんわかとした、暖かみのあるメロディラインだ。

《アフタヌーン・イン・パリ》にちょっと似た柔らかでほのぼのとしたメロディがいい感じ。

最初に聴いたときは、あっさりとした演奏も手伝って、さして印象には残らなかったが、ある天気の良い日に散歩をしていたら、不意にこの曲のメロディが口をついて出てきた。

普段は全く意識したことの無い曲なだけに、無意識に口ずさんでいる自分に驚いた。

じんわりと心の中に染みてくる曲なのかもしれない。いつの間にか私の中で息づいていた。

ナヴァロのオリジナル曲だそうだ。

こんな曲も書くナヴァロは、やっぱり優しい人?

流麗なタイトル曲は別としても、いかにも「ビ・バップだなぁ」と感じる曲が多い。ナヴァロのトランペットは、ディジー・ガレスピーそっくりで、高音の「ぴゃーっ!!」というアタックの強さや、少しぶっきら棒な感じの音と音のつながりは、まさしくバップの香り。

彼は、早逝してしまっただけに、残された音源が少ない。

このアルバムも、3つのセッションで構成されている。シングル6枚を1枚に集約した形だ。

《ノスタルジア》を含む4曲は、トランペットとテナーの2ホーンによるクインテット。

チャーリー・ラウズって、この時代も活動していたんだね。しかもナヴァロにダメロンという面子とも演っていたのかと、ちょっと驚き。

次の4曲は、デクスター・ゴードンのグループにナヴァロがサイドマンとして参加したセッションだ。

ブルーノートやスティープル・チェイスのデックスを聴きなれた耳で、このセッションのデックスを聴くと、本当に同一人物なのかと思ってしまうほど、フレーズの組み立て方が違うような気がする。

デックスには違いがないのだけど、うーん、いささか古臭く聴こえてしまうというか……。

このセッションの演奏では、ナヴァロ不在の《デクスターズ・ムード》が良かったりする。

最後の4曲は、エディ・ロックジョウ・デイヴィスのグループにナヴァロが参加した演奏だ。

こちらも古めかしい雰囲気だが、ノリも良く楽しげな雰囲気でもある。

ギターの参加も面白い効果をあげている。

ただ、正直言って、私はこのアルバムは《ノスタルジア》一発のアルバムだと思っている。

もちろん他の演奏も悪くないし、ビ・バップと、それ以前のスタイルが混錯したサウンド、たとえて言うなら、都会的な喧騒感と、それとは正反対の野暮ったさと暢気さの入り混じった感じのサウンド・テイストは、決して嫌いではない。

だからこそ、というべきか、これらのサウンド世界の中、ひときわ《ノスタルジア》のようなウォームでほろ苦い曲が引き立っているのかもしれない。

ファッツ・ナヴァロは、麻薬と結核に冒され、わずか26歳の若さで夭折したトランペッターだが、奇しくも、彼をアイドルとし、彼のスタイルを継承・発展させたクリフォード・ブラウンも同じ年齢の時に亡くなっている。

2人の共通点は、歌心。

ビ・バップ特有のウネウネとした旋律をものにしつつも、メロディアスで暖かなメロディを奏でるトランぺッターだった。

このアルバムの目玉曲の《ノスタルジア》も、原曲《アウト・オブ・ノーホェア》のコード進行を拝借して、原曲とはまた異なる風情のメロディを再構築しているが、ナヴァロの暖かな歌心がそのままテーマのメロディに乗り移っているかのようだ。

記:2002/10/25

album data

NOSTALGIA (Savoy)
- Fats Navarro

1.Nostalgia
2.Barry's Bop
3.Be Bop Romp
4.Fats Blows
5.Dextivity
6.Dextrose
7.Dexter's Mood
8.Index
9.Stealing Trash
10.Hollerin' & Screamin'
11.Facture
12.Calling Dr. Jazz

track 1-4
Fats Navarro (tp)
Charlie Rouse (ts)
Tadd Dameron (p)
Nelson Boyd (b)
Art Blakey (ds)
1947/12/05

track 5-8
Fats Navarro (tp)
Dexter Gordon (ts)
Tadd Dameron (p)
Nelson Boyd (b)
Art Mardigan (ds)
1947/12/22
 

YouTube

動画でも、このアルバムの魅力を語っています。

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