ピース・ビヨンド・パッション/ミシェル・ンデゲオチェロ
2024/03/12
曲良し・歌良し・ベース良し
かなり好きです、このアルバム。
彼女のアルバムはだいたい耳を通してはいるけれども、やっぱり、コレが自分の中では最高。
曲も、ベースも、歌声も、ンデゲオチェロのセンスが三位一体となってバランスよく発揮されているんじゃないかな。
最初に彼女の音楽を知るにはもってこいのバランスのとれたアルバムだ。
低音の化身
もし、ベースの神様が私の前に現れて、「そなたが憧れのエレクトリック・ベーシストのノリとテクニックを、そっくりそのまま授けてしんぜよう、ただし1人だけじゃ」と言ったら、私は誰のベースの技術を神様に移植してもらうだろうか?
ジャコ・パストリアスでも、アンソニー・ジャクソンでもない。ジェームス・ジェマーソンでも、チャック・レイニーでにも憧れるが、もっと「この人のように弾いてみたい!」というベーシストがいる。
おそらく、「ミッシェル・ンデゲオチェロのようなベーシストにしてください! 」とお願いするだろうなぁ。
それほど、私は彼女のベース、いや重くうねるグルーヴに心酔している。
ノリ、粘り、ダークさ、黒さ。
どれもが他のベーシストよりも傑出しているのではないか。
シンプルなフレーズにも目の眩むようなウネリを加味出来る彼女のベースは、まるで低音の化身のよう。
私が弾きたいベース、私が出したいノリ、私が出したい音色のすべてを彼女はサラリと具現化してしまっている。
いやはや、スゴイ、素晴らしい。
ソウル臭ムンムンのヴォーカル
彼女が生み出す低音のディープなウネリは、下半身を直撃する。
腰にくるのだ。
おまけに、ヴォーカルも粘りがあって重い。
ソウル臭がムンムン。
またもやだが、もし私が女性ジャズシンガーで、現れた神様が「そなたになりたいジャズシンガーの声とフィーリングを授けよう」と言われたら、カサンドラ・ウイルソンではなく、もっと重心が低くて腰のあるミッシェル・ンデゲオチェロになりたい!と叫ぶだろう。
景色が変わる
……と、妄想話はここらへんにして。
私は仕事に行き詰まったり、時間の空きが出来ると渋谷の街をブラつくことが多い。
そして、そのときはiPodのボリュームを最大にして、大好きなミッシェル・ンデゲオチェロの『ピース・ビヨンド・パッション』をよく聴く。
アレンジも、カッコいいし、チャラチャラしたきらびやかな音色は一音たりとも使われていない、
この重くてストイックなソウルを聴きながら渋谷の雑踏の中を歩くと、「ああ、オレってなんてカッコいいんだろう」と、かなりナルシスティックな気分にひたれマス。
特に、1曲目から2曲目にかけての流れが最高。
何かを予感させるようなアルバム全体のイントロとでもいうべき《ザ・ウーム》、メドレー的にンデゲオチェロのカッコいいヴォイスからなだれ込むように重たいビートが開始される《ザ・ウェイ》。この曲はベースが最高。
シンプルだが、重たいベースだ。このような重たいビートは、きっと日本人や白人には絶対にむりだろうな(だから神様にすがるしかないのかも)。
3曲目の《ニガーマン~申命記》は、今度はドラムがカッコ良すぎる。
特にイントロのフィル。続いて少しつんのめるようなビートと、それを支えるンデゲオチェロのベースは、歪んだ音色。
ベースに歪みをかけると、どうしてもアタック感と太さが犠牲になるので、弾く際には工夫が必要だが、ンデゲオチェロのベースラインの組み立て、音を出すタイミングは申し分なし。しかも、滅茶苦茶黒い。
さらに、曲中盤のフリーキーなサックスのソロは、なんとジョシュア・レッドマン。
自己名義の4ビートジャズのアルバムとはまったく違うスタイルで咆哮している。
冒頭の3曲を聴きながら歩くだけでも、気分はニューヨーク。いまひとつパッとしない渋谷の街の風景も、脳が勝手にニューヨークの風景に再構築をはじめている。
重くてビター
ほんと、私、このアルバム好きです。
同列に並べるのもどうかとは思うけれども、ンデゲオチェロを聴くようになってから、同じファンクだと、ジェームス・ブラウンやプリンスはほとんど聴かなくなってしまった。
JBやプリンスよりもンデゲオチェロのほうが音楽的に優れているとか、そういうわけではなくて、単に気分、好みの問題。
実験精神を持ちながらも、最終的には、どの曲もキャッチーなテイストに満ちた作品に落とし込むプリンスの作品は、かならず、優しく、甘い。とてもスィートなんだ。
このテイストと対極なのが、フランス国籍の女性黒人ヴォーカル&ベーシストのミッシェル・ンデゲオチェロなのだ。
彼女のサウンドは、どこまでもまったりと重く、限りなくビターだ。
『ビター』というアルバムも出しているから、というわけではないが、その1つ前のアルバム、『ピース・ビヨンド・パッション』も、ものすごくバネのある、眩暈がするほど、とてつもないグルーヴを生み出しながらも、アルバム全体に漂うムードはダークでビター、としかいいようがない。禁欲的ですらある。
もう数年前から私はこのアルバムの魅力にやられっぱなし。
一時期は聴いていない時期もあったが、最近思い出したように聴いたら、再びハマッた。
たぶん、この種のテイストのソウルが一番私の身体にはシックリくるのだろう。現代最高のソウル(ファンク)ミュージックと言いきってしまってもイイぐらい。
あらゆる意味で、ブラックミュージックが産み落とした至宝と呼んでも過言ではないほど。
オールドのジャズべにフラットワウンド
彼女の使用ベースはフェンダーのオールドのジャズベースだ。
いいじゃないの、いいじゃないの。
彼女のベースの重たくウネる、アダルトなグルーヴ感がめちゃくちゃ好きなんですが、細かいことを言うと、この秘密は音色にもあるんじゃないかと。
ベース、フラット弦を使っているんですよね、ンデゲオチェロは。
フラット弦というのは、倍音が少なく、少し曇った音の出る弦です。
一般に使われているのはラウンド弦ね。
ラウンド弦の特徴は、ギラギラした、ギュンギュンした、低音は低音だけれども、高音の要素(倍音)もよく鳴ってくれる弦です。
その一方で、フラット弦は、ギラギラした音色のラウンド弦とは対極の音が出るので、派手な音色ではないが、そのぶん、落ち着いた渋い音色を発する弦なんですよ。
特に4弦のドクドクと脈打つ感じのフレーズなんかは、ラウンド弦で弾いても軽くてカッコいいだけのフレーズで終わりそうですが、フラット弦だからこそ、低く沈むような、独自のウネりが生まれてくるんじゃないかと思うんですね。
ま、ベースをやっていない人にとてはどうでもよい話かもしれないですが、サックスやっている人にはわかるかな(笑)。
サックスの場合は、リードの良し悪しや厚さで、ずいぶん音も、吹いているときの手ごたえた違うし、下手すれば、自分のプレイの影響がでますからね。
このフラット弦で重たくマッタリと沈むように弾かれるベースの音色が滅茶苦茶イイんですね。
身体が裏返ってしまうんじゃないかと思うほどのこのノリと、モッコリ&マッタリした音色。
ベース好きにはたまらない音色とセンスあるラインがこれでもかとばかりに繰り出されるのだ。
ベースだけではなく、先述した通り、もちろんヴォーカルも素晴らしい。
非常に、ダーク、アンニュイ。
これが重たいベースと非常にマッチしているのだ。
しかも真っ黒な色気がある。ちょっとゾクッときますね。
低音気味な甘い声色の素晴らしさといったら。ベースを弾かず、ヴォーカルだけでも、滅茶苦茶スゴい歌手として脚光を浴びていたころだろう。
ミッシェル・ンデゲオチェロ。
舌を噛みそうな名前だが、是非是非、この名を覚え、ショップで見つけてみて欲しい。
お子様には分からない、大人の深みのあるソウルがこのアルバムには漲っている。
記:2006/08/10
album data
PEACE BEYOND PASSION (Maverick)
- Me'Shell Ndegeocello
1.The Womb
2.The Way
3.Deuteronomy: Niggerman
4.Ecclesiastes: Free My Heart
5.Leviticus: Faggot
6.Mary Magdalene
7.God Shiva
8.Who Is He And What Is He To You
9.Stay
10.Bittersweet
11.A Tear And A Smile
12.Make Me Wanna Holler
Me'Shell Ndegeocello (b,vo,g,per)
Joshua Redman (ts) #2,3,6,10
Bennie Maupin (bcl) #3
Wah Wah Watson (g) #1,5,8,12
Wendy Melvoin (g) #2
Allen Cato (g) #4
David Fiuczynski (g) #4,7
Wendy Melvoin (g) #6,7,10
Federico Gonzalez Pena (el-p) #4,5,12
Billy Preston (org) #3,8,11
Oliver Gene Lake (ds) #3,4,5,8,10,12
David Gamson (ds) #6 (ds programming) #9,10,11
Daniel Sadownick (per) #1
Federico Gonzalez Pena (per) #1,2
Luis Conte (per) #3,4,5,7,10,12
David Gamson (ds programing) #1,3
Paul Riser (string arrangement) #5,8,12
1996年