ビールが飲みたくなるソニー・ロリンズの『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』

   

ヴィレッジ・ヴァンガードの夜ヴィレッジ・ヴァンガードの夜

ソニー・ロリンズの『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』は、なにを隠そう、ソニー・ロリンズのアルバムの中では一番好きなアルバムだ。

ブルーノート・レーベルから出ているジャズのアルバムでもベスト3に入るほど大好きなアルバムでもある。

聴いたなぁ、聴きまくったなぁ、これは。

暑い夏を思い出す。
夏になると聴きたくなるんですね。なぜか。
不思議と蚊取り線香の匂いや団扇が似合うんですよ(笑)。
熱気がすごいからかな?

そうなると、自動的にビールも飲みたくなり、そうそう、このアルバムをかけると、ビールが飲みたくなるんですよ、条件反射的に。

そういえば、昔、ヱビスビールのポスターにも、大写しになったこのジャケットが使われてましたね。

「旨いビールが飲みたい…」
……といったコピーだったと思うけど、あのビジュアルはド迫力だった。

意味とかデザインとか、そういったものを単純に超越してしまって、ひたすらジャケットのビジュアルインパクトだけで、ビールを飲みたくさせるという優れた広告でした。

そうか、だから、これを聴くとビールを飲みたくなるんだな。
条件反射。パブロフの犬状態。
まぁ、それでもいいのさ、このアルバムにかぎっては。

編成は、シンプルなピアノレストリオだけれども、音の情報量がスゴイんです。
聴くたびに新しい発見があって。

その「発見」とは、ロリンズのテナーのフレーズ的なもの以外にもたくさんありまして。

“間”の妙だったり、

テナーの音色の微妙なニュアンス違いだったり、

シンバルの微妙な音色の違いだったり、

ほとばしる熱気だったり、

ベースラインからコード進行を類推することが出来たときに「なんだ、《ストライヴァー ズ・ロウ》って、じつは《コンファメーション》じゃん!」と気がついて嬉しくなったり、

“1、2、3、4”とカウントを取る際の“3”と“4”の部分は、きっとマウスピースを咥えたから“ウーン、ウン”と唸り声になるんだろうなと気がついたり、

ウィルバー・ウエアのベースのトーンの固さとゴツゴツさ具合に改めて圧倒されたり、

テンポとリズムの間の取り方だけでも、世界がダークになったり広大に開けたり、

同じ楽器の演奏でも、ものすごく情報が変わることに気がついたり、

……と、今、ちょこっと思いついただけでも、これほどの情報量が一気に書けてしまうほど(本当は書き出せばキリが無いのだけれど)、微に入り細に入り、あるいは、大音量で音の迫力そのものをドッカーン!と浴びるように聴いて、「うーん、昇天!」とノックアウトされたりと、いろいろな楽しみ方をいまだに飽きずに続けています。

とはいえ、実は、このアルバムのサウンドが理解できたのも、いや、理解というか耳にスッとはいってきて楽しめるようになったのって、じつは随分時間がかかった。

ジャズに出会った比較的初期の時期に聴いたので、音楽、というよりも、飛び散る音のカタマリと熱気だけに圧倒されっぱなしで、いや、それすらも分からずに、それでも“何かありそうだ”という己の直感だけを信じて、ひたすら、ウォークマンのイヤホンを耳に突っ込んでましたですよ。

なにがなんだかよく分からないなりにも、それでも“何かありそうだ”から“絶対なにかを見つけて吸収してやろう”と、ほとんど音に挑むようなカタチで、ひたすらヘッドフォンを耳に突っ込んでおりました。

丁度、アメリカに遊びに行っていた時期に一番よく聴いていたのだけれども、ニューヨークから戻ってくるときの飛行機の中では、ずーっとコレばかりを猿のようにリピートさせてましたですね。

で、そんなことを繰り返しているうちに、“何かありそう”どころか、“何かありまくり”だということにようやく気がついてきて、「なんで、こんなスゲー宝箱のようなアルバムなのに、中にザクザクとある宝に気がつかなかったのだろう」となりまして。
気付くの遅いんですけどね(笑)。
でもいいんです、目の前の宝箱の鍵を開けるのは、結局最後はその人自身なのだから。

直感的に素晴らしさを感じ取れる人もいるかもしれない。
しかし、私の場合は、何度も何度もトライすることによって、宝箱の鍵を手に入れることが出来たわけで。
そういった意味でも、とても思い入れの深いアルバムです。

私が当時聴いていたのは、未発表テイクが盛り込まれ、vol.1とvol.2に分かれていた輸入版。

未発表テイクとの聴き比べも中々オツなものだったが、現在日本盤で出ている廉価のCDは、オリジナルの曲順の状態。
買って聴きなおすと、曲順が変わっただけでも、新たな発見があって、またまたこのアルバムを鑑賞する楽しみが増えた。

未発表テイクが無くなり、選曲もスリムになったぶん、初心者にも敷居の低い仕様になったことは間違いない。

まだまだしばらくは、このアルバムと楽しく付き合えそうだ。

記:2004/06/09

 - ジャズ