坂本龍馬の拳銃―須賀大郎短編集―(上)/スガダイロー
スケール大きな漫画的世界
なんだ、この感覚は?
どこかで感じたことがあるぞ!?
パーカッシヴに鍵盤を連打するからといって、山下洋輔的な触感とは違う。
この感触、スピード感。
記憶を辿ってゆくと、この感覚は、どうも「音」ではなさそうだ。
そうそう、『スラムダンク』だ。
『バガボンド』だ。
まさに井上雄彦の世界。
誤解を恐れずに言ってしまおう。
スガダイローの『坂本龍馬の拳銃』の世界は、まるで井上雄彦のマンガの世界だ。
音楽を聴き、コミックを読んだときに受ける触感を思い出すのもヘンな話かもしれない。
しかし、スガダイローの『龍馬の拳銃』を最初に聴いて感じた触感は、井上雄彦が描き出すスケール大きく、読み手の時間と感覚を揺さぶる世界に通ずるものを感じた。
大胆な構図、繊細な描写、ヒリヒリするスピード感、こんなところにまでコダワるのか!な、異常なまでの熱量とアーティスティックな職人気質。
単にダイナミックという一言では括れない勢いと、引きだしの広さ。ページを開いたとたん、一気に向こう側の世界に引きいれるだけの腕力。
私が井上雄彦のマンガに感じる触感が、そのままスガダイローのピアノトリオにも当てはまるのだ。
井上雄彦は、おそらく、眼下に横たわる寸法に限りのある紙との闘いだとすれば、スガダイローの演奏は、眼下に横たわる88鍵との格闘に感じる。
己の仕事道具に闘いを挑み、縦横無尽に制御し、屈服させんとする意気込みは、漫画とジャズという表現手法は違えど、発散される熱量とスピード感には同等のものを感じる。
過去のあらゆるジャズのアプローチが瞬時に引き出される瞬発力と、ジャズの博物館的なプレイは、ジャッキー・バイアードを彷彿とさせるが、スガダイローのピアノは、バイアードほど重くはない。
たとえば、《スタンダード》という人を食ったようなタイトルのナンバーがあるが、お察しのとおり、これは様々なスタンダードのメドレーだ。
しかし、ジャズの歴史を背負っているという重たい使命感は皆無。
また、ジャズの歴史や語法をアーカイヴしようという意思も、おそらくは、ない。
仮に背負っているものがあるとすれば、「世間のジャズ」ではなく、「自分の中にあるジャズ」のみなのだと思う。
自分の中のジャズとは、これすなわち、スガダイローが食って消化し、しっかりと血肉となっているジャズの成分のことだ。
「俺様の体内にあるジャズを、俺流のやり方で外に出しているだけ。それの何が悪い?」
この、あっけらかんとした開き直りと、音の吹っ切れ感が、ぶん殴りたくなるほど爽やかだ。
だからこそ、暴風雨的なアプローチや、重量級の演奏が入り混じるこのアルバムを聴いていても、まったく胃もたれせずに、するりと軽やかな風が通り過ぎるような爽やかさを感じるのだろう。
ベースは一貫してアルコ奏法のみに徹する《スピーク・ロウ》に、「そうか、その手があったか!」と膝を打ち、不穏さとスピーディさの入り混じる《坂本龍馬の拳銃》での鍵盤連打で、意識は一気に幕末へとタイムスリップする。
全音フラットで、 ♪レミシシシシシ~ と奏でられるたった数音の音の配列が、なぜもこれほどまでに強烈に「幕末」なのか?
暗殺、密謀うずまく幕末の京を疾走する龍馬の摺り足を、全音フラットの♪レミシシシシシ~の数音に封じ込めたセンスと技量はスゴすぎる。
もちろん、タイトル曲の《坂本龍馬の拳銃》が、このアルバムのもっともオススメしたいナンバーだ。
語弊はあるかもしれないが、一種コミック的な世界観ゆえ、一気に世界に引き込まれるが、マンガだからといって侮るなかれ。
井上雄彦やかわぐちかいじの漫画のように(奇しくも両人ともモーニング系の作家だな・笑)スケール感の大きな世界ゆえ、引き込まれたら最後、ストーリーが終了するまでは世界から抜け出ることはもはや不可能なのだ。
また、優れた漫画家が持つ、ページからはみ出すほどの画力と、スガダイローのスピーカーからはみ出してしまうほどの(鍵盤の)打力も共通している。
陳腐な表現になってしまうが、これは、とても楽しめるアルバムだ。
そう、このアルバムを一言で言うならば、「楽しい」という言葉がもっとも相応しいと思う。めくるめく音の暴力と疾走感。
3時間かけてコミックス10数冊を読破するよりも、もっと短時間で濃厚な「ガツン!」を得られることをお約束する。
記:2009/07/08
album data
坂本龍馬の拳銃―須賀大郎短編集―(上) (Cool Fool)
- スガダイロー
1.スピーク・ロウ
2.坂本龍馬の拳銃
3.光と影
4.葉隠
5.ハイフライ
6.スカイラーク
7.ジャンクション
8.子供の歌 第二番
9.スタンダード
10.チェロキー
11.国破れて山河あり
12.ベター・ギット・イット・イン・ユア・ソウル
スガダイロー (p)
東保光 (b)
服部正嗣 (ds)
2009/04/02 & 07