ワルツ・フォー・デビー/ビル・エヴァンス
2022/10/28
初心者からマニアまで
何度聴いても美しい。いや、聴くごとに美しさが増していくような気さえする。
それほど頻繁に鑑賞しているアルバムというわけではない。
しかし、様々なジャズを聴き、『ワルツ・フォー・デビー』を思い出したように棚から引っ張り出して聴くたびに、感動のレベルがアップしていくような気がする。
様々なジャズマンの様々な演奏を味わい、己の聴覚と感受性のレンジがちょっとは広くなったかな、と思った時点で、忘れた頃に聴きたくなるアルバムが『ワルツ・フォー・デビー』なのだ。
自分の中の感受性のチャンネルの幅が広がってゆく手応えと比例して、このアルバムから感じる凄さと美しさが増してゆくような気がする。
つまり、初心者にも楽しめ、マニアになってもマニアックな視点でも楽しめるという稀有なアルバムなのだ。
サウンドの美しさ
様々なサイトや書籍、雑誌で『ワルツ・フォー・デビー』というアルバムについては様々なことが語り尽くされていると思うので、敢えてここで同じことを繰り返すことは避けたいと思うが、一つだけ言いたいことは、ピアノとベースとドラムの3者が対等の立場で演奏を繰り広げたことが、このアルバムを名盤たらしめているわけではないということ。
音楽表現の技法上の問題ではなく、ただひたすら「サウンドが美しい」から、このアルバムは不朽の名盤なのだ。
透き通るようなデリケートさと、内面の奥底では炭火のように静かに燃えあがる3人の意志。イマジネイティヴな演奏は、まるで美の結晶体のよう。
2度と再現が不可能な、1961年の6月25日のニューヨークは、ヴィレッジ・ヴァンガードに鳴り響いた類稀なる音空間を永遠に封じ込めた「空気の缶詰」が、『ワルツ・フォー・デビー』なのだ。
マイルスの『カインド・オブ・ブルー』が“モード奏法ゆえに歴史的名盤”では断じて無いことと同様に、ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』も、“三者対等のインタープレイを繰り広げているから名盤”なハズがない。
「三者対等のインタープレイ」という謳い文句は、アルバム評を書く際においては、便利なキーワードなだけにすぎない。技法を聴くな、音を聴け。音そのもに感動すべし。
もちろん、楽器をやっている人にとっては、技法や奏法には興味があることだろう。
私もそうだ。しかし、技術的なことは「感心」することはあれ、「感動」することはあまり無いはずだ。
「技法」のみに耳を奪われ、「感動」を忘れ、「感心」ばかりを繰り返す音楽生活は、とても味気のないものなんじゃないだろうか。そう私は常々自分自身に言い聞かせている。
神保町 Big Boy
2006年の年末、神保町にオープンしたジャズ喫茶「BIG BOY」。
私は、この店の開店1号客です。
開店して最初にかかったアルバムは、ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』だった。ビル・エヴァンス大好きなマスターらしいセレクト。
と、同時に、「ピアノトリオが大好きなんで、エヴァンスとかヨーロッパのピアノトリオ中心にかけてゆきたいんです」というマスターの店の方針を象徴するような選曲だと思う。もっとも、店の準備をはじめている段階から、『ワルツ・フォー・デビー』が最初にかけるアルバムだということは知っていたけど(笑)。
私はこのアルバムでは、A面では《デイトアー・アヘッド》、B面では《マイルストーンズ》が好き。マスターは、1曲目の《マイ・フーリッシュ・ハート》にメロメロに心酔している。もちろん私も《マイ・フーリッシュ・ハート》の“ある瞬間”がたまらなく好きだ。
この“瞬間”は2つある。
まずは、エヴァンスがアドリブの中盤に、とても愛らしく、一度聴いたら忘れられない名旋律を弾く。ちょっとテレながら、しかし確信を持って。この旋律が信じられないほど美しい。
こちらも暖かい幸福感に包まれる。
あえて、どこに箇所かは書かないけれども、これは演奏に注意して聴けば誰でも気がつくんじゃないかな? 是非、見つけてみてください。
もうひとつの“瞬間”は、演奏がはじまった直後に訪れる。
それは、テーマがはじまって数秒後の、シンバルの音。ポール・モーチアンがブラシで、シャワワワワ~ンと優しく、しかし力強くシンバルを鳴らす。この瞬間に、《マイ・フーリッシュ・ハート》という演奏に生命が吹き込まれるのだ。
開店間もない「BIG BOY」にも、このシンバルが鳴り響いた瞬間、店内には新しい生命が吹き込まれた。
神保町の新ジャズスポット「BIG BOY」の誕生の手ごたえを、私はしっかりと感じることが出来た。
記:2006/12/21
album data
WALTZ FOR DEBBY (Riverside)
- Bill Evans
1.My Foolish Heart
2.Waltz For Debby (take1)
3.Waltz For Debby (take2)
4.Detour Ahead (take2)
5.Detour Ahead (take1)
6.My Romance (take1)
7.My Romance (take2)
8.Someother Time
9.Milestones
10.Porgy (I Loves You,Porgy)
Bill Evans (p)
Scott LaFaro (b)
Paul Motian (ds)
1961/06/25 N.Y. Village Vanguard
追記
耳タコだというジャズファン(ジャズマニア)は、多いと思うのですが、そういうときは「ベース中心聴き」をしてみよう!
なんといっても、聴けば聴くほど、やっぱりスコット・ラファロが凄いぜ、凄い、凄すぎる。
そのウッドベースのテクニックもさることながら、一体、どういう発想でベースをプレイをしているのか、聴けば聴くほど謎が深まるんですね。
無理して分かろうとする必要はないのだけれど、卓越したセンスとアイデアの持ち主だったということが、文字情報だけではなく、自身の耳で実感するにはもってこいのアルバムなのです。
一度でいいから、やってみて欲しいこと。
それは、できればヘッドフォンを使ってベースだけに耳に焦点を当てて聴く「ベース中心・ベース重点聴き」をお勧めいたします。
また違う世界が見えてくますから。きっと。
メロディの絡み方、ユニークなタイミングでフレーズをはじめるところ。
ほんと、この人の頭の中は一体どうなっているんだろう?と聴けば聴くほど謎が深まり、さらにまた聴いてしまうという悪循環、……ではなく、好循環が生まれるのです。
記:2014/05/18