やっつけ仕事/椎名林檎
2つのバージョン
椎名林檎の《やっつけ仕事》が好きだ。
ファンはご存知の通り、この曲は2種類のバージョンがある。
一つは、『絶頂集』に収められているライブで演奏されたバージョン。
もう一つは、新譜『加爾基 精液 栗ノ花』に収録されているバージョンだ。
『絶頂集』のライヴ音源
私はどちらのバージョンも甲乙付けがたいほど好きだ。
セカンドアルバム『勝訴ストリップ』発売直後のライブ“下克上エクスタシー”において“新曲発表”ということで演奏されていたバージョンは、いかにもバンドのためのノリの良いアレンジといった趣で、実際このバージョンは私のバンドでもよく演奏している。
ベースラインもシンプルで特徴的。
ドラムも叩きまくりでエキサイティングな演奏だ。
派手なドラムが、ベースとピッタリと合った瞬間の快感は何物にも変えがたく、先日催された「椎名林檎関東バンドオフ会・コテコテナルシスト」でも私はこの曲のベースを担当したが、共演したドラマーが非常に良いセンスの持ち主で、ツボを抑えたドラミングをしてくれたので、とても気持ち良くベースを弾くことが出来た。
もちろん聴くのも楽しいが、このバージョンは、どちらかというと“聴く”より“演る”ほうが楽しいバージョンなのかもしれない。
『加爾基 精液 栗ノ花』の秀逸なアレンジ
一方、新譜の『加爾基 精液 栗ノ花』のバージョン。
これは、バンドバージョンを聴きなれた耳には、一瞬「同じ曲?」と思ってしまうぐらい、まったく違った風情を持つアレンジで、このほのぼのさ加減と、歌詞とアレンジの雰囲気が醸しだすギャップがまたオツなのだ。
新譜が出る前に先行発売されたDVD『百色眼鏡』の一シーンでもチラリと流れていて、そのアレンジの妙に「おっ!」と2センチばかり前に飛び出した私。
ちょっとレトロな味付けの加わった、だがしかし、奇妙な古めかしさが逆に今風にも感じるサウンドテイストは非常に心地よいものがある。
しみじみと寛げるのだ。
こちらのほうは、“演る”よりも“聴く”ほうが楽しいアレンジだと思う。
アレンジで激変する世界
ジャズにおいては、演奏者のアプローチによって、同じ曲でもガラリと雰囲気が変わるものだが、この《やっつけ仕事》も相当な変わりようだ。
その差は、同じ曲でも、ここまで雰囲気が変わるかと思わせる、マイルス・デイヴィスの《枯葉》とウイントン・マルサリスの《枯葉》以上かもしれない。
いや、ウイントン・ケリーの《枯葉》と、ビル・エヴァンスの《枯葉》以上の違いか。いや、サラ・ヴォーンのスキャット《枯葉》と、ラッシェル・フェレルのマンハッタン・プロジェクトにおける《枯葉》の歌の解釈の違い以上か……?
とにかく、原曲のメロディがしっかりしているゆえ、いかようなアレンジにも対応できる曲なことは確かだ。
私もピアノで、即興で適当なコードをつけて弾いてみたが、曲の輪郭は、しっかりと林檎の世界になっていた。
記:2003/03/12