私にとっての2003年という年は、
2016/10/19
2003年は、さまざまな事象が、いったん立ち止まって、後ろを振り返る年だった。進歩というよりは、停滞、そして、過去を見直し、かつ総括した年だった。
これは私が取材した、あるヒット商品の企画者が語った総括だ。
なるほど、言われてみればたしかにその通りだよな、と思った。
SARSの大流行、米の対イラク攻撃、テロの増加、北朝鮮の拉致被害者問題などなど、国際情勢は予断を許さないダイナミックな動きを見せていて、まさに“激動”と呼ぶにふさわしい時代だったかもしれないが、こと日本国内の情勢を見ると、世界のダイナミックな動きと比べると、小ぢんまりとして活力が感じられない空気が全体に漂っていたように感じる。
そのせいか、特にカルチャー面においては、新しいものが生み出されない、というよりも、過去にヒットしたものをもう一度見直す、過去から学べといった動きを強く感じられる一年だったような気がする。
タイムスリップグリコのような食玩しかり、鬼塚ちひろの《いい日旅立ち》といった旧曲のリバイバルしかり。
『劇場版ルパン三世集大成』、『マジンガーZ BOX』、『小津安二郎BOX』といった過去のアニメや映画を総括したDVDボックスセットが続々と発売されることしかり。
正確にいうと昨年からなのだが、『ジョー&飛雄馬』や『キャプテン』、『手塚治虫マガジン』といった、すでに完結している漫画の原稿を、毎月小出しにしてゆく“原稿という資源のリサイクル月刊誌”の登場など、過去の“遺産”のドレスアップ(衣装替え)や、装い(だけを)新たにした商品が目立ったような気がする。
“停滞”というと、あまり良いニュアンスではないが、“前進・発展”だけが能ではないと思っている私としては、まぁこういう年が一年ぐらいあってもいいんじゃないの?と思っている。
急速過ぎる進化・前進・発展は、いつかどこかで綻びが生じてくるので、加速のし過ぎは常に注意しなければいけないというのが私の持論だからだ。
もっとも、この先5年も10年もこのような状況が続くのは御免だけど。
さて、私個人にとっての2003年は、どういう年だったか。
“激動”だなんてと書くと、ちょっと大げさかもしれないが、私の生活、私を取り巻く環境がこれほど変わった年は無いんじゃないかと思うぐらい目まぐるしい変化がおきた年だったと思う。
たとえば、仕事。
勤めている会社の役職で言えば、10月に係長から課長に昇進した。
間髪いれずに、その一ヵ月後に、いきなり編集部への転属。
仕事といえば、宣伝、広告、広報、営業といった職種しか縁のなかった私にとっては、青天の霹靂だったといえる。
編集部に配属されてから2週間後、今度は、副編集長へ昇格の内辞が出た。
12月の下旬、つまり先週には正式に辞令がおり、現在の私は雑誌編集部の副編集長の席に座っている。本当にあれよ、あれよという間にだ。
たった3ヶ月の間にこれほどまでの変化があったことは初めてだ。
大きな変化、その2。
タバコを止めた。
15年以上もの間、1日1箱から1箱半、多いときには1日に2箱以上タバコを吸っていた私だったが、編集部に配属された11月の1日より、どうせ環境が大きく変わるんだから、自分の習慣も変えてしまおうとばかりに、キッパリとタバコを止めた。
あまりにあっけなく止められたので、周囲は驚いているし、私自身も禁煙って意外と簡単なものなんだなと驚いている。
ほか、念願の奄美大島を訪問して地元のアマチュアミュージシャンたちとセッションすることも出来たし、地道に発行しつづけていたジャズのメルマガが認められてか、『JAZZ“名曲”入門!』(宝島社・別冊宝島913)という本にライターとして執筆参加させていただくことが出来たということもあった。
ささやかながら、エレキベースの個人レッスンを自宅で始めることも出来た。
生徒さんはまだ1名だが、がわざわざ電車で1時間も揺られて私の自宅にベースを習いに来るという有難いことにもなっている。
また、バンドのメンバーの結婚、それに伴って、普段は絶対に泊らないであろうディズニー・シーのミラコスタのスイート級の部屋に宿泊することが出来たり、生まれて初めて福岡へ行って、たっぷりと夜(朝)遊びをしまくった挙句帰りの航空チケットを失くすというオチがついたり、バンドのライブで初ギャラが出たりと、今まで経験しなかったことが束になって(しかもすべてが良い意味で)私の身に降りかかってきた一年だったともいえる。
今年にかぎっていつもの倍の量を頑張ったというわけではない。
私は、いつもと同じペースで頑張っているし、遊んでいるし、休んでいるし、淡々と生きているつもりだ。
昨年の私も、今年の私も、2年前や8年後の私も、私であることには変わりなく、“自分速度”と“自分ペース”は加速も減速もしていないし、していないだろう。
そう、私は変わらないのだ。
変わるのは、私の周りを流れる風景の速度だけなのだ。
私を常に定速度。ただし、私が通り過ぎてゆく風景は、速くもなり、遅くもなる。
それに伴って、私を取り巻く環境も変わったり変わらなかったりする。
定速度で移動を続けながらも無意識に色々なところに種を巻き散らかしていたのだろう。
その種が、今年になって一気に芽を出し始めたといった感じなのかもしれない。
まだ芽を出したばかりだ。
開花、そして収穫は、まだまだ先の話となるだろう。
それは1年後のことなのか、5年先の話なのか、それは今の段階では誰も知るものはいようはずがない。
さて、そろそろ結論に導けそうだ。
私にとっての2003年は“発芽の年”だった。
現在の私、来年の私、数年後の私に出来ることは、ひたすら等速度で前進を続けていることだろう。淡々とマイペースで。ただし、決して休むことなく。
ここまで書いて気がついた。
これって、天動説だよな(笑)。
俺様は、地球?
それも、また良し。
記:2003/12/30
追記
これを書いた半年後に、喫煙習慣、復活しました……(涙)