映画『イニシエーション・ラブ』のジャズクラブで流れていたスタンダードは?

      2021/02/28

ディア・オールド・ストックホルム

映画『イニシエーション・ラブ』には、ジャズクラブのシーンがあります。

木村文乃が、タイトルにもある「イニシエーション(=通過儀礼)」についての説明を松田翔太にするシーンでもあるので、作品の中においては、けっこう重要なシーンではあるのです。

しかし、ジャズ好きな私にとっては、演奏のほうに耳が持っていかれてしまい、肝心のセリフが頭の中にはいってこない……。

ま、原作を読んでいたので、どのようなセリフなのか、内容は覚えてはいるのですが、これほどまでセリフに集中できなかったのは、きっと音量バランスのせいだけではないでしょう。

そのシーンで演奏されていた曲は、《ディア・オールド・ストックホルム》。

バド・パウエルやマイルス・デイヴィスの演奏で有名なジャズのスタンダードにもなっているナンバーですが、やっぱり決定打は、スタン・ゲッツのバージョンでしょう。

スタン・ゲッツがスウェーデンにツアーに出かけた際、現地の民謡に魅了されて録音されたナンバーです。

映画では、テナーサックス、ピアノ、ウッドベース、ドラムスによるカルテット(4人編成)で演奏されていましたが、上記アルバムに収録されているバージョンも同じ編成です。

4つの気になったこと

ステージ上段のウッドベースを弾いているベーシストが、かなりユラユラとネックを揺らしながら弾いていたのが気になったのが、木村文乃のセリフが頭に入ってこなかった理由その1。

テナーサックスがテーマを吹き、その後のソロオーダーがベースソロになったところに、「おっ、これはマイルスの『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』のバージョンを踏襲しているぞ!」と思うと同時に、「ウッドベース、けっこう良い“鳴り”をしているな」と感じてしまったがため、ベースのアドリブの旋律に耳が集中してしまったことが、木村文乃のセリフが頭に入ってこなかった理由その2。

ラウンド・アバウト・ミッドナイト

もっとも、マイルスの『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』収録のバージョンのテンポは、映画で演奏されているテンポよりも速いテンポなので、マイルスのバージョンとの共通性は、ベースのソロオーダーの順番ぐらいなものですが。

テンポといえば、マイルスが若い頃、ブルーノートに吹き込んだバージョンのほうのバージョンのほうが近いですね。

マイルス・デイヴィス・オールスターズ VOL.1

さて、ベースの次のソロの順番は誰だろう? きっとベースにソロを取らせて、テナーサックスがソロを取り、最後にピアノ、そしてテーマという順番で終わるんだろうな、となんとなく予測していたら、ベースソロの次はピアノだった。だから、予想がはずれたことに「ちっ!」となったことも、木村文乃のセリフが頭に入ってこなかった理由その3。

ピアノがソロパート終了後は、いよいよテナーが登場して渾身のアドリブを披露し、そのまま4バースを経ないでテーマに戻るんだろうと予想していたら、なんとピアノソロの後は、テナーサックスの人、アドリブしないで、いきなりテーマを吹きはじめた! もう演奏終了の方向に持ってくんかいな!

なんだ、なんだ、このアレンジは。

せっかく朗々と良い感じで吹いているテナー奏者の出る幕なしかよ、アドリブとらないでテーマのメロディをただ吹くだけのアレンジの演奏だったんかよ、きっとテナーサックスの音が流れると映画の中の会話の邪魔になっちゃうかもしれないから、テナーサックスなしのソロオーダーになっちゃったのかよ……なんてことを考えてしまたったことが、木村文乃のセリフが頭に入ってこなかった理由その4。

《テイク・ファイヴ》の野外演奏

そういえば、もうひとつ木村文乃が登場するシーンの後ろに流れているジャズのために、意識がそっちに持っていかれてしまったことがあります。

ドラマ『銭の戦争』の第一話の屋外パーティのシーンです。

ステージ上では、おそらく学生バンドなのかな? ジャズバンドが《テイク・ファイヴ》を「演奏」しています。

いや、実際には演奏していません。

内容は、デイヴ・ブルーベックの『ダイム・アウト』に収録されている《テイク・ファイヴ》の音源なんだもん。

タイム・アウト

ステージ上にはギタリストもいたにもかかわらず、流れている『タイム・アウト』の音源は、カルテット編成なのでギターはいないのです。

なんだ、「口パク」ならぬ「手パク」演奏かよ……、なんて思っていたら、ドラマ冒頭で順風満帆な証券マンを演じている草なぎ剛や、彼の婚約者・木村文乃のセリフがまったく頭にはいってきませんでした。

なんだか、ジャズを聴きすぎるのみならず、演奏経験もあったりすると、アレンジやソロオーダーが気になって気になってしかたなくなってしまうものかなーと思いました。

それって私だけ?

バブルの頃のジャズクラブ

話もどって『イニシエーション・ラブ』。

たしかにジャズクラブのシーンはムーディかつアダルトな感じで、
木村文乃=都会の女
前田敦子=静岡の田舎女
と、イメージ上の差別化をはかるためにも、良い場所をセレクトしたなーとは思ったんですが、この場所の性格は、完全に「ジャズバー」ではなく、「ジャズクラブ」っしょ。

つまり、良いムードでジャズが流れ、ひっそりと親密な会話を楽しめる「バー」のような場所ではなく、青山の「ブルーノート東京」とまではないかなくとも、六本木の「アルフィー」や、お茶の水の「ナル」のような場所じゃないですか?

こういうところだと、演奏中は私語は慎んだほうが良いと思うんだけどね。

もちろん、「今のフレーズいいね」とか、「ベースの人、ゆらゆらしているね」みたいな、ちょっとした演奏に関係した会話程度ならオーケーなんですが、さすがに、この映画の肝となるようなセリフ、「恋愛における通過儀礼……云々」といった「恋愛ウンチク」を語るには、ちょっと不向きなシチュエーションだと思うんですよね。

周囲の外国人客たちは、皆、演奏に聴き入ってましたから。

そういう人たちより前の席に座って、ステージに近い場所で、「私は彼にとっての恋愛の通過儀礼だったのね、だから……」みたいな話は、お金払って演奏聴きにきている周囲の人たちに失礼だと思うんですよ。そういう会話は「バー」でしてね!って感じです。

そういえば、今朝のワイドショーで、「学生おことわり」の店が増えているという特集がありました。

今や日本のお店にとって迷惑な存在なのは中国人観光客だけではないようです。学生たちも入店お断りの対象になりつつある。

声が大きい、ムードを大切にするほかのお客様の迷惑になるというのが大きな理由でしたが、うん、お店の気持ち分かるような気がするぞ。

私も演奏に聴き入っているときに、カップルが長い会話をしていたら迷惑に感じます。

そういえば、以前、六本木の『アルフィー』で、近くの席に座っていたキャバクラへの同伴出勤と思しき、明らかに場違いと思われるルックス的にもつりあっていないカップルが、ベースソロの真っ最中に「このワインおいしい~!」などと騒いでいるところに遭遇してしまいましたが、そのときは、頭にきちゃいましたからね。

たしかに、木村文乃と松田翔太は、すでに社会人ですが、まだ社会人一年生ですから、まだ学生の延長線上といっても良い年齢。

物語の設定は1980年代、バブルはなやかりし頃でしたから、今とは事情が違い、「学生お断り」の店は、それほどなかったのかもしれませんね。

そういえば、私は高校生の頃からバーに出入りしていたな……。煙草吸いまくり、バーボン飲みまくり。
でも、なんのお咎めも受けなかった。
『イニシエーション・ラブ』の時代と同じか少し後の時代だけども、この時代は、今よりも規制が緩く、良い時代だったかもしれません。

記:2015/05/25

関連記事

>>映画『イニシエーション・ラブ』感想~2人の「たっくん」を映画はどう表現したのか【ネタバレ注意】
>>【ネタバレ注意】映画イニシエーション・ラヴ「たっくん」の描かれ方が気になる

 - 映画