バイーア/ジョン・コルトレーン
シーツ・オブ・サウンズは、この1曲で!
「コルトレーンのシーツ・オブ・サウンズって何?」
「空間を埋め尽くさんばかりに、物凄い数の音をばら撒きながら疾走してゆく演奏のことだよ。簡単に、乱暴に説明すると。」
「へぇ、そうなんだ。早弾きギターならぬ、早吹きサックスってところね。」
「まぁ、そういうことだけど、ロックとかのギターの早弾きとは一緒にして欲しくないなぁ。」
「えー、どうして? ジャズのほうが難しいってこと?」
「いや、べつに、ロックだから簡単、ジャズだからムズカシイと簡単に断じるわけでは、断じてないんだけどさ、それでも、ロックの、たとえば、ペンタトニックを多用した早弾きっていうのは、手癖で出来ちゃうわけ。
複雑な代理コードもないし、キーのチェンジも少ない曲のほうが多いからね。
もっとも、プログレとか、変拍子のオリジナル曲とか、そういった例外はいくらでもあるから、あくまで一般的に言えば~というレベルにしておいて欲しいんだけどね。」
「手癖で出来ちゃうってことは、肉体的な訓練をすれば、頭をあまり使わなくても、習慣で、あ、ここのところはこう弾いちゃおうと、体が自然に反応してくれるんだよね?」
「うん、そうだね。ジャズの場合もクリシェってのはあるし、誰もが物凄く考えながらアドリブをとっているというわけでもないんだけども、迫りくる時間の中に与えられた命題と情報を処理する演算処理能力は、ロックよりもジャズのほうが多いとは思うんだ。
両方とも演奏した経験から言うと。」
「じゃあ、ジャズマンがしかめっ面で演奏しているのは、自己陶酔だとばっかり思っていたけれども、次の瞬間に起こりうる出来事を秒速で考えているかもしれないんだね。だとしたら、動く余裕ないかも。」
「そうだね。で、面白い話があるんだけれども、ある知り合いのギタリストで、エリック・クラプトンのコピーを弾かせたら、右に出る者がいないといわれたほどの人がいたんだよ。まぁ、クラプトンといえば、フレージングの明快さと丁寧さから、私的には、教則本みたいなギターであんまり好きではないんだけどさ、でも一応は、誰もがマネしやすい上に、キャッチーな点で言えば、ロックの基本的なギターともいえるよね。で、そのクラプトンが得意な人に、ジョー・パスの『ヴァーチュオーソ』の譜面を見せて“弾いてください。練習した数日後でいいですから”と言ったのね。」
「そしたら、弾けた?」
「いや、全然弾けなかったのよ。数小節で挫折。次元が違う、棲んでる星が違うってボヤいていた。」
「つまり、ロックのギターとジャズのギターでは、それぐらい難易度に開きがあるってことを言いたいの?」
「ま、クラプトンとジョー・パスというのも極端かもしれないけどさ、あと、ジャンルごとに身に着けた反射神経とか思考パターンっていうのも違うから、その先輩には酷なことをしてしまったかもしれないけど、ま、要するにそういうこと。
で、オレは今なにを言いたいのかというと、コルトレーンのシーツ・オブ・サウンズの凄さを、なんとか言葉で伝えようとしているわけよ。
ギターでも難しいジャズのフレーズ、サックスだともっと難しいのよ、肉体的にも。」
「ギターは指だけの世界だけれど、テナーサックスは、アンブシュアや肺活量も伴うからね。」
「そうそう、肉体的にもキツイのよ。しかも、明晰にアナライズされた音とフレーズが時間の隙間を許さんとばかりの勢いで、間断なくスゴい勢いで流れ出て来るわけだ。」
「曲によっては、凄いテンポで、しかも、1小節に2回ずつコードチェンジなんて当たり前なビ・バップ・チューンや、彼のオリジナル(《ジャイアント・ステップス》や《モーメンツ・ノーティス》)もあるからね。」
「コードチェンジと、迫り来る時間の速度に対応する柔軟な思考力も必要ってわけね。」
「うん、そういうことだね。ま、コルトレーンの場合は、寝室やトイレでも練習していたほどの練習の鬼だから、彼なりのストックフレーズはいくつもあったとは思うけれどもね。 しかし、それにしても、文字だけで彼の凄さを伝えるにも限界があるなぁ。」
「じゃ、コレを聴けば、一発でコルトレーンのシーツ・オブ・サウンズが分かるっていう曲を教えてよ。」
「とりあえず、彼がセロニアス・モンクの元でサイドマンとして修業中だった頃のリーダー作『バイーア』の《ゴールズポロ・エキスプレス》なんかどうだろう? はい、早速聴いてみよう!」
記:2010/07/08
album data
BAHIA (Prestige)
- John Coltrane
1.Bahia
2.Goldsboro Express
3.My Ideal
4.I'm A Dreamer (Aren't We All)
5.Something I Dreamed Last Night
John Coltrane (ts)
Wilber Harden (flh) #3,4,5
Red Garland (p)
Paul Chambers (b)
Art Taylor (ds) #1,2
Jimmy Cobb (ds) #3,4,5
1958/07/11 #3,4
1958/12/26 #1,2,5