アガルタ/マイルス・デイヴィス

      2021/02/10


Agharta

夏の風物詩

東洲斎写楽は一人の人物ではなくて、写楽という名のもとの“工房制”だったのでは?という本を以前読んだことがあるんだけど、妙に説得力があって、「なるほど」と唸った記憶がある。

たとえば、現在に準えると、漫画家。

さいとうたかをという、1人の人物が『ゴルゴ13』を書いているわけではなくて、彼のプロダクションに在籍するスタッフたちが、背景や人物や衣装など、分業的に、割り当てられた仕事をこなしてゆくわけで。

もっとも、『ゴルゴ13』の場合は、スタッフの名前が、映画最後のエンドロールよろしく、漫画のラストにクレジットされるけど、普通のマンガは、そこまでしてないよね。

『ジョジョの奇妙な冒険』の作者は、あくまで荒木飛呂彦だし、『東京大学物語』の作者は、江川達也。

アシスタントがいても、いなくても、タイトルと一緒に表記されるのは、あくまで代表者の名前だけ。

そういうことを考えると、
「東洲斎写楽って一体誰だったんだ?」
「なぜある一定の時期にクオリティの高い作品をかくもたくさん発表できたのか?」
という疑問もすっきり氷解するわけで。

まぁ、これも一つの面白い仮説だなと思った次第デス。

で、マイルスなんだけど、彼も、エレクトリック楽器を導入したあたりから、写楽色が強くなってきているよね。

「写楽工房」ならぬ「マイルス工房」。

もちろん、マイルスも漫画(音楽)作りには参加するし、ストーリー(サウンド)の設計図は彼の頭の中にしか無いんだけど、なにからなにまで、彼1人で全部をやろうとはしない。

凄いヤツがいたら、そいつに任せてしまう。

このほうが効率いいし、凄いヤツばかりが集まれば、“1+1”をもしかしたら、10以上に化けさせるかもしれないしね。

マイルスは、このような“人員コーディネイト”がとてもうまかったミュージシャンだよね。

違うテイストの個性を、ぶつけあって、ときどき、『アガルタ』や『パンゲア』のように、異物同士を非常にうまく混合させ、化学変化を起こさせちゃう。

最近は、巷でもよく使われるようになった“ケミストリーを起こす”ってやつです。

しかし、だからといって、マイルスが化学変化を起こさせる達人かというと、じつはそういうわけでもなく、それは、この時期のブートを聴いているとよく分かる。

あと、もう一歩で登りつめるのに!となる寸前のところで爆発までに至らず、という日もたくさんあったのだろう。同じメンバーで同じ演奏でも、まぁ、ライブだし、モチーフは決まっていても、展開は即興だから、うまくいったり、いかなかったりする日もあるわけだ。

そういった意味では、引退前の日本で行われた、このライブは非常に幸福な結果として結実しているのだろうね。

引退前の日本でのライブとは、すなわち『アガルタ』と『パンゲア』。

私は『パンゲア』が大好きだけど、『アガルタ』も大好き。

暑い夏。

さらにホットな『アガルタ』で身も心もグジョグジョに汗をかこう。

そして《マイシャ》で泣こう。

私にとっての『アガルタ』は、徹底的に「夏」なアルバムで、最初の数音を聴いただけで、なぜか蚊取り線香の香りが蘇ってくるほど。

花火とスイカと蚊取り線香、そして『アガルタ』。

グツグツと煮えたぎった“プレリュード温泉”にドップリとつかろう。

そして、湯上りの“マイシャ扇風機”と“マイシャビール”で心地よくクール・ダウン。

う~ん、個人的な夏の風物詩です……。

記:2003/08/08

※参考文献 村中陽一『真説・写楽は四人いた!』(宝島社新書)

album data

AGHARTA (Columbia)
- Miles Davis

1.Prelude (Part One)
2.Prelude (Part Two)
3.Maysha
4.Interlude
5.Theme From Jack Johnson

Miles Davis (tp,org)
Sonny Fortune (ss,fl)
Pete Cosey (g,syn,per)
Reggie Lucas (g)
Michael Henderson (elb)
Al Foster (ds)
Mtume (per)

1975/02/01 大阪フェスティバルホール

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