バグス・アンド・トレーン/ミルト・ジャクソン&ジョン・コルトレーン

      2021/02/13

ジャズ喫茶

今でも初めてのジャズ喫茶を訪れたときは、店の扉を開ける瞬間は、少し緊張する。

ジャズ喫茶の店内は、ドア一枚を隔てて、外と世界とは別世界。流れるジャズ、照明、インテリアなどが独特の味わいを醸し出す空間だし、そうであって欲しい、いやそうでなきゃ困るのはきっと私だけではないだろう。

暗めの照明、間接照明が照らすカウンターの上のボトル群、ゆっくりと天井に登ってゆく煙草の紫煙、深々と椅子に座り腕を組む客、カウンターに陣取る2~3人の常連客。

多少の違いこそあれ、どのジャズ喫茶にもこれらの要素から成り立つ独特の雰囲気があり、ドアを開けて中に一歩足を踏み入れた瞬間、客とマスターから、ほんの一瞬だけども値踏みをされるような視線が注がれる。

「もちろん歓迎はします。だけど、その気持ちを大っぴらにオープンにしているわけではありません。」

一流のバーは、このような考えのもと、お客に店の門構えをフレンドリーにし過ぎず、あえて、店内の様子も見えにくくしているのだという。

入口が狭かったり、ビルの地下だったりするのはそのためだ。

つまり、「ここは、あなたの日常空間とは別の空間なんですよ」ということをドアをくぐるお客自身に再確認させる構造となっているわけ。

私は優れたジャズ喫茶には、このようなちょっとした閉鎖性があると思っている。

全面ガラス貼りで中の様子が丸見えのジャズ喫茶もないわけではないけれども、こういう店は、普通の喫茶店と変わり映えがしない。

ゆえにジャズ喫茶特有の「ちょっと敷居を高くして、お客にほんの少しの冒険心と勇気を出させる儀式」の要素がないため、あまりジャズ喫茶としてのありがたみが感じられないのも事実だ。

しかし、多くのジャズ喫茶は「店の中」が見えない。

だから、初訪問のジャズ喫茶の扉をあけるときは、ほんのちょっとだけ緊張してしまうわけだ。

ドアを開けたとたん、普通の喫茶店でフュージョンのような音楽が有線で低ボリュームで流れていたらどうしよう。

近所のオッサンや買い物帰りのオバサンたちの集会場だったらどうしよう、などという恐怖感(?)もあるし。

しかし、たとえば、ドアを開けた瞬間、流れてくる音が、『バグズ・アンド・トレーン』のような音楽だと、安心して、店の中に入れそうな気がする。

そして、もうこれがかかっている時点で私の中では「大合格」だ。

まさにジャズ喫茶に似合うアルバム

まさに、この『バグズ・アンド・トレーン』をマスターがかけていること自体、「うちはジャズ喫茶です。それ以上でも以下でもありません」と無言に主張しているようなもの。

何気ない「名盤」というよりはフツーの日常盤”が普通に心地よく流れていることも良いジャズ喫茶の必須条件なのだ。

さて、引き合いに出したこのアルバム『バグズ・アンド・トレーン』。

どの曲もいい。

こちらの緊張感をほぐしてくれる適度リラックス感と、適度な緊張感がバランスよく溶け合い、しかも、ブルージーなテイストに溢れているサウンド。

まさに、コーヒー向け。

私ならずとも、多くの人が、扉を開けた瞬間、コーヒーの良い香りと、このアルバムの空気につつまれれば、一瞬で、このアルバムを流す店のことを好きになれそうな気がする。

ミルト・ジャクソンとジョン・コルトレーンが相性良く溶け合った、まさにジャズ喫茶の空気を代表するような、とても美味なアルバムなのだ。

ソフト過ぎず、ハード過ぎず。しかし、極上の演奏。

コーヒーにも、ウイスキーにも、『バグズ・アンド・トレーン』は、とてもよく似合う。

微緊張と微ラクゼーション

それにしても、ミルト・マジックよ。

エッジの立ったコルトレーンのテナーの音色もしっかりと柔らかく包んでしまうマイルド・ジャクソン効果、おそるべし。

セロニアス・モンクやマイルス・デイヴィスといった個性派たちと共演しても、彼らの個性をつぶすことなく、むしろ引き立て、さらに自分の世界も築き上げてしまうのだから大したものだと思う。

常にある種の緊張感をたたえたマイルス、モンク、コルトレーンのようなタイプには、根っからの解放感の持ち主ミルトの柔らかな存在感は良いバランスになるのだろう。

緊張とリラクゼーションの共存。

カンタンなようで、これを保つのはなかなか至難の業。

それはジャズ喫茶とて同様だと思う。常連ばかりの会話空間だと店の空気が緩む。かといって、ハードなジャズばかり流しすぎると空気が固まってしまう。

お客がジャズ喫茶に求める要素は、和みとユルみだけではない。

かといって、ガチガチに緊張した気分になるためにコーヒーを飲みにくるわけでもない。

このへんの匙加減は簡単なようで意外に難しいし、マスターの腕の見せどころでもあるのだ。

もし、ミルト・ジャクソンがジャズ喫茶のマスターだったら?

きっと、「微緊張」と「微ラクゼーション」のバランスが素晴らしい極上の空間を作り上げるに違いない。

そんなことを、『バグス・アンド・トレーン』をバックにコーヒーを飲みながら考えている私。

記:2009/08/23

album data

BAGS & TRANE (Atlantic)
- Milt Jackson/John Coltrane

1.Stairway To The Stars
2.The Late Late Blues
3.Bags & Trane
4.Three Little Words
5.The Night We Called It A Day
6.Be-Bop
7.Blues Legacy
8.Centrepiece

John Coltrane (ts)
Milt Jackson (vib)
Hank Jones (p)
Paul Chambers (b)
Connie Kay (dr)

1959/01/15

 - ジャズ