ザ・ビート・ゴーズ・オン/ソニー・クリス
シダー・ウォルトンのピアノも良いよ
ジャズマンにA級、B級の“格付け”をすることと、純粋にジャズ鑑賞を愉しむことは、あまり関係ない。
なぜなら、ジャズを変革した巨人をA級とするのならば、世のほとんどのジャズメンはB級に属するわけで、圧倒的多数のジャズを「B級だから」という先入観でもって、聴かない、もしくは聴かず嫌いになるということは、ジャズの大部分の“旨み”を逃すことになるからだ。
それでは、あまりにも勿体無い。
たとえば、戦国武将。
たしかに、信長、秀吉、家康のような人物は、戦国時代の中の人物ではA級扱いなことに異論のある方はいないだろう。
ジャズでいうと、エリントン、パーカー、マイルス、コルトレーンといった存在だよね。
ジャズを革新し、後進に影響を与えたという功績から考えると、彼らの格付けは間違いなくA級だ。
しかし、新たなシステムを作った人だけが戦国武将じゃないし、ジャズマンでもないんだよね。
もちろん、歴史を動かすほどの活躍はしなかったかもしれないけれども、味のある人物は、数多くいたわけで、彼らに興味のスポットをあて、研究し、愛でるのもまた楽しい作業なのですよ。
たとえば、2006年の大河ドラマ『功名が辻』の主人公だった山内一豊なんかもそうだよね。
もし、戦国の世を生きた武将にA級、B級といった評価があるとすれば、どう考えても彼の存在はB級。
しかし、そんなこと言ってしまえば、世の仕組み、枠組みを変えるほどの大事業を成し遂げたA級に位置する人物って、信長などのほんの数人で、残る何百人の武将は、全員B級、C級ということになる。
それがどうしたってんだ、だよね? ファンからしてみれば。
ソニー・クリスもまさにそのような存在。
ジャズの偉人ベスト10に挙がるようなサックス吹きではない。
もしかしたら、ベスト30にも入らないかもしれない。
でも、音楽は順位でもないし、格付けで聴くものでもないからね。
パーカー、パウエル、モンク、オーネットのようなジャズに新たな枠組みやシステムを築き上げ、後進に多大な影響を与えた“偉人”の表現は、そりゃあ、とてつもなく素晴らしいものに違いない。しかし、だからといって、彼ら以外のシステム、影響力とは別に“味”で勝負をする人を見逃してしまうと、結果的にジャズを日常的に楽しめなくなるかもしれない。
だから、我々ジャズ喫茶に入り浸るようなジャズ好きは、モブレイやマクリーン、ティナ・ブルックス、そしてソニー・クリスが好きなんだ。
クリスを好きな人はホントにジャズをわかっている人! と、この際、言い切ってしまおう。
チャーリー・パーカーの流儀を受け継ぎつつも、フレーズの切れ、ほろりと漏れる情緒、軽やかなノリは、どれもクリスならではの味わいだ。
彼の吹奏で歴史は変わらないが、人の心は十分に揺さぶるに足る。
だから、私はクリスが好き。
極端なことをいうと、クリスのアルバムならなんでもいい。
もちろん、好きな演奏の数によって、好きなアルバムの優劣はあるけど。
『ザ・ビート・ゴーズ・オン!』は、クリスのアルバムの中では地味で目立たない部類にはいるかもしれない。
クリスの代表作でもないし、他の諸策と比較して、抜きん出た大きな特徴もあるわけでもない。
しかし、クリスのアルトが鳴っていれば、なんでもいいや、という私みたいな人にとっては、日常的に聴きたいクリスの一枚だ。
滑らかで軽快なフレージングは相変わらずだが、面白いことにここでのクリスはちょっとだけ怒っているんじゃないか? と思わせる。
音色の表情に微妙な怒気をはらんでいるのだ。
特に、1曲目のタイトル曲。
フレーズの語尾のぶっきら棒なニュアンス、少しグロウルをかけたようなサックスの歪音。「どうした、クリス?」と、クリスを聴き慣れた耳は敏感に反応してしまう。
ちょっとしたニュアンスの違いにすぎないが、他のアルバムと微妙に表情の違うクリスがいる。
特筆すべきは、シダー・ウォルトンのピアノ。
バッキングもソロもなかなかの好演。彼のピアノソロパートになると、大袈裟に言えば、完全にシダー・ウォルトン・トリオ。
クリスの存在を一瞬忘れてしまうほど、耳をひきつける。
さらに、凝りすぎず、さりとて取ってつけたような手抜きでもない絶妙なピアノのイントロのセンスもお聴き逃がしのないよう。
アルトとピアノの両方を等しく楽しめる好盤だ。
記:2006/12/19
album data
THE BEAT GOES ON! (Prestige)
- Sonny Criss
1.The Beat Goes On!
2.Georgia Rose
3.Somewhere My Love
4.Calidad
5.Yesterdays
6.Ode To Billie Joe
Sonny Criss (as)
Ceder Walton (p)
Bob Cranshaw (b)
Alan Dawson (ds)
1968/01/12