チェンバー・ミュージック・ソサイエティ/エスペランサ

   


Chamber Music Society

エスペランサ的室内楽ワールド

女性ウッドベーシスト。

ベースのみならず歌手としての力量も秀逸。

若くしてパット・メセニーや、パティ・オースティンなどのツアーやレコーディングに参加。

デビューアルバム『エスペランサ』は、リリース直後にビルボード・コンテンポラリー・ジャズ・チャートで初登場にして1位を獲得し、その後70週間以上独走トップをキープ。

バークリー音楽院では史上最年少の20歳という年齢で講師に就任。

ホワイトハウスでの演奏歴。

オバマ大統領からの招待を受け、ノーベル賞の授賞式の場で演奏。

本作で第53回グラミー賞最優秀新人賞を受賞した才女。

などなど、輝かしい経歴。

2008年のデビュー以来、一気にスターダムにのし上がった感のある、エスペランサ・スポルディングに付随する枕詞は少なくない。

すでに2枚のアルバムを出し、ジャズファンというよりも、広く音楽ファンから注目を集め続けているエスペランサだが、彼女の音楽を未聴の方は、彼女はいったいどんなベースを弾き、どのような歌を歌うのだろうと思うことだろう。

ベーシストとしての彼女。
シンガーとしての彼女。

この両面の資質をいちはやく掴みたくば、日本盤に限ってだがボーナストラックとしてこのアルバムのラストに収録されている《ミッドナイト・サン》に耳を通してみることをオススメする。

なぜかというと、このナンバーはウッドベースの弾き語りで、彼女のベーシスト、シンガーとしての技量と表現の両方が一気につかめるからだ。

すぐにベースの腕前はかなりのものだということに気づかれることと思う。

しかし、いわゆるテクニックが前面に出るようなタイプではなく、常にふくよかで暖かな音色がやわらかく連なっているニュアンス。このテイストは、とても女性らしいベース(?)と感じる。

暖かく包み込むような彼女のベースは、フレーズ以前に音色の段階ですでに魅力的だ。

歌唱のほうはというと、個人的には声質はミニー・リパートンを髣髴させるものだがると思う。

もっとも、誰もが思い浮かべるであろう彼女の代表作《ラヴィン・ユー》の一部の箇所のような高い音域というわけではなく、あくまで通常音域においてのふわりと明るく艶とハリのある声だということ。

天は二物を与えたもうた。

この音源1曲を聴くだけでも、彼女はウッドベースだけでもやっていけるし、シンガーに専念したとしても十分にやっていけることだろう。

しかし、この《ミッドナイト・サン》は、あくまでこのアルバムのオマケ的な存在に過ぎない。「エスペランサ的室内音楽」を標榜するこのアルバムにおいては、コンセプトを異にする“軽い音のひと筆書き”的な内容なので、プレイヤーとしての彼女の技量を軽く俯瞰した後は、是非とも練られ作り込まれた本編のほうをじっくりと堪能してみよう。

『チェンバー・ミュージック・ソサイエティ』は、彼女の音楽的世界観が思う存分展開された内容。しかも、聴衆に媚びることなく、思う存分に彼女自身の内面に沈降してゆくサウンドだ。

いわゆる4ビートジャズではなく、ジャズのみならず、フォークソング、ワールドミュージック、さらにはクラシックの要素までもが内包された音楽で、少なくともキャッチーな内容ではない。

室内楽のイメージの高い楽器、チェロやヴァイオリンを積極的に演奏の中に溶け込ませ、優雅でありながらも構築力の高い楽器同士の絡ませ方には独自の美学を感じる。

さらに私が彼女のアレンジセンスの素晴らしさを感じる理由は、足し算の美学ではなく、引き算の美学を強く感じことる。

余計な音は容赦なく省く。

残った数少ない音数で、その楽器編成以上の効果を生み出す間の美学は、なかなかのものだと思う。

歌は歌詞があるものよりもスキャット中心のナンバーが多く、エスペランサの声も変幻自在な楽器の一つとして、独特なサウンドにムードを付与している。

それに加えて、一筋縄ではいかない「エスペランサ室内楽ワールド」に対して、柔軟に、そして適切なアクセントをつけている、女性ドラマー、テリ・リン・キャリントンの変幻自在なドラミングにも注目したい。

さり気なくだが、非常に目配りの利いた彼女のサポートがなければ、もっとこのアルバムの音世界は重たく沈降していたことだろう。

また、《アップル・ブロッサム》で参加しているミルトン・ナシメントのヴォーカルも良い。

かつてウェイン・ショーターと『ネイティヴ・ダンサー』で共演した“あの声”のイメージで聴くと、今回の彼の声のなんと熟成された深みが増していることか。

このような「大作」を早くも作ってしまったエスペランサ、

次にリリースする作品はどのような方向性になるのか、楽しみでもあり、心配でもある。

記:2011/11/05

album data

CHAMBER MUSIC SOCIETY (Telarc)
- Esperanza Spalding

1.Little Fly
2.Knowledge Of Good And Evil
3.Really Very Small
4.Chacarera
5.Wild Is The Wind
6.Apple Blossom
7.As A Sprout
8.What A Friend
9.Winter Sun
10.Inutil Paisagem
11.Short And Sweet
12.Midnight Sun

Esperanza Spalding (b,vo)
Leo Genovese (p)
Ricardo Vogt(g)#6
Entcho Todarov(vln)
Lois Martin(viola)
David Eggar(cello)
Terri Lyne Carrington (ds)
Quintino Cinalli(perc)
Gretchen Parlato(vo)#6
Milton Nascimento(vo)#6

2009/08-10月
2010/01/14-19

 - ジャズ