エレクトリック・マイルス1972-1975/中山康樹
いつものように出だしに引き込まれる
「中山本」の面白さは、「まえがき」のつかみ一発で決まる。
導入部で掲げられる大胆とも言える提言、主張がいつも面白い。
中山康樹氏の代表作であり名著『マイルスを聴け!』では、
さあ、これであなたの人生は明るい未来が約束されたも同然です。なぜなら人生、マイルスだけでやっていけるからです。特にジャズという音楽に関しては、マイルスさえ聴いていれば、その他のジャズはほとんど必要ありません。
という超大胆な提言で幕があける。
フェイクとはわかっていても、思わず「そ、そうなんっすか?!」と引き込まれてしまう。
『ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄』では、
(エヴァンスは)かなりの長身であること。体格のいいスポーツマン・タイプであること。相手やそのときの気分にもよるだろうが、予想外に饒舌であること。そして、アルバムのジャケットでみられるようなシリアスな表情を浮かべることは少なく、むしろ笑みをたたえた柔和な顔を記憶している人はすくなくない。
と、冒頭でいきなり、我々一般ジャズファンが彼に抱いていたイメージを打ち砕く。
さらに、『超ジャズ入門』では、
(初心者がジャズやジャズ喫茶に抱く「こわい」というイメージについて)女性にとっては、東京・吉祥寺東口徒歩三分、日当たり最悪の『A&F』というジャズ喫茶のように、開店以来三〇年間にわたって「女性バイト求む」のビラを貼りつづけているような店は、別の意味でこわくて近づくことすらできないかもしれません。
と笑いを誘い、一気に読者と本の距離を縮めてくれる。
これらのように、「えっ!マジっすか?」と読者に思わせ、あるいは「そうそうそう、あるあるある!」と分かる人には分かる「共感」を早い段階で築き上げ、「なるほど、じゃあ読んでみましょうか」と思わせる出だしが多い。
だから、私のような「中山本」の中毒者は、まずはこの冒頭の掴みで本が手から離せなくなるのだ。
導入に関しては、さすがに中山さんは上手いし、さすが元『スイングジャーナル』の編集長だっただけのことはあると思う。
評論家でありながらも、良くも悪くも雑誌編集者特有の「煽り」的な要素も忘れていない。
もっとも、すべての中山本が冒頭の「煽り」と本文の中身が一致しているとは限らず、結局のところは「打ち上げ花火」や「尻すぼみ」で終わってしまっている本もあるにはあるのだが、それを含めて、中山ファンは、中山本の最初の1ページから3ページぐらいまでのどこかに仕掛けられた「時限爆弾」を探すのにワクワクするのだ。
この本も、ツカミがバッチリ
さて、『エレクトリック・マイルス1972‐1975 ~「ジャズの帝王」が奏でた栄光と終焉の真相~』に関しても、例に漏れずという感じだ。
すでに2ページ目の
マイルスのエレクトリック時代は、マイルスが(ワウ)ペダルを踏んだとき、強烈な乱反射を起こし、断層を生み、大きく変転した。
という必殺フレーズで、「よーし読もう、最後まで読もう」って気分になるからね。
そう、たしかに一口に「エレクトリック・マイルス」といっても、ワウペダルを使っていない時期と、使っている時期があるんだよな、と知ってはいるけれども、改めて「強烈な乱反射」「断層」「変転」などという言葉を畳み掛けられると、「おぉっ、いわれてみれば、そうかもしれない!ワウを使用してからのマイルスの音楽はスケールが大きくなったわ!」と納得している自分がいる。
そして、「その違いは?」「どうして、そうなったの?」という興味も(半分理由はわかっていつつも)沸いてくるのだ。
『ジャック・ジョンソン』の「あのギター」
1972年から75年とタイトルにあるとおり、本書は、その間にレコーディングされた『ジャック・ジョンソン』、および、『オン・ザ・コーナー』のレコーディングに関してに多くの紙数が費やされている。
(もちろんゲット・アップ・ウィズやアガパンに関しての記述もあるにはあるが)
関心のない人からしてみれば、「へぇ、そうなんですか」で終わってしまうところだが、上記2枚が大好きな人からしてみれば、名盤の背後でどのようなことが行われ、どのような動きがあったのかを知ったうえで聴くと、再度聴き直してみようという気分になること請け合いだ。
なにせ、『ジャック・ジョンソン』の《ライト・オフ》の後半で、ジョン・マクラフリンが奏でる「あのギター」、実際は17回も弾いてはおらず、テオ・マセロの編集の賜物だったんだ、なんてことを薄々知ってはいても、やはりきちっとした物証(音証?)を挙げて書かれると、また違った角度の新しい興味が浮かんでくる。
痛々しいマイルス
個人的に面白かったのは、マイルスとスライとの交流の話だ。
「共演していたら、どんな作品が生まれていたのだろう?」という憶測と興味を呼んでいたマイルスとスライの関係だが、これを読むと、ははぁ、実現しなくて当然だったんだな、とも思えてくる。
交通事故に薬、やさぐれモードに突入していく生活など、新しい試みと音楽的な野心と反比例するかのように、この時期のマイルスの身体は蝕まれており、読んでいるとなんだか痛々しい。
「鶴の恩返し」ではないが、マイルスは、新しい音楽を作り、未知の領域に踏み込めば踏み込むほど、その代償として大きなダメージを負っているような気がする。
なんだかすごく痛々しい。
そして、この本を読めば、自動的に引退前の音源の聴き方、聴こえ方も変わってくるはずだ。
特に『パンゲア』。
エムトゥーメの「カモン、マイルス!」はそういうコトだったんだ!
詳しくは本書でどうぞ!
記:2010/09/26
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