ビル・エヴァンスの哀しいピアノ
text:高良俊礼(Sounds Pal)
一番エヴァンスらしいアルバム
「音庫知新」の放送と、新聞記事でビル・エヴァンスを採り上げたことで、色んな人から多くのお言葉を頂いた。
そのほとんどは「ビル・エヴァンスという人について、もうちょっと突っ込んだ解説を!」とか「一番エヴァンスらしいアルバムについて、詳しく教えて」というご要望だった。
なので今日は皆さんに、ビル・エヴァンスのアルバムの中で最近特に「コレはエヴァンスらしいよなぁ」と、しみじみ思った、エヴァンス晩年の傑作『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』をご紹介しよう。
エヴァンス 魅力
エヴァンスの魅力は「知的で美しいピアノ」と、常日頃お客さんには説明しているが、この作品には、それ以上に相当な質量の「哀しさ」があって、それが全体の美しい流れを作っている。
1977年、エヴァンスが亡くなる3年前の「晩年」という人生の秋の作品ということも、このアルバムの「哀しさ」の一因でもあるが、それよりも何よりも、エヴァンスにとっては「最愛の人」であった、元妻エレインの飛び込み自殺というショッキングな出来事があり、その事がアルバム全体を「哀しさ」のヴェールで覆っている(一曲目の《Bマイナー・ワルツ》は、エレインに捧げられている)。
少なくとも私には、このアルバム独特の、他のどのアルバムにもない狂おしさは、エヴァンス自身の内面で、急激に形となって現れた「死」の影が音楽にも影響しているように聞こえる。
悲痛な「愛の歌」
あるお客さんが、エヴァンスに対する予備知識まったくなしで、『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』を聴き、「何というかすごく自分を犠牲にした愛情表現だよね」と言った。
エヴァンスの事を知らない人にまで、そういった切実なものを感じさせるこの作品は、やはり特別なのだ。
そういえば私自身も、まだジャズについて、右も左も分からない時に『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』を買って、真冬の夜に聴いていた。
別段何か悲しいことがあったという訳ではなかったが、このアルバムを聴いて、ぼんやりとした哀しさに浸ることも、たまにあった。
『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』」は、いよいよ「死」というものを具体的に考え始めたエヴァンスが、身を削りながらの演奏に、哀しみの全てを込めた、悲痛な「愛の歌」だ。
しかし、だからこそこの世のものとは思えない美しさがある。
text by
●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル)
※『奄美新聞』2008年5月3日「音庫知新かわら版」掲載記事を加筆修正
記:2014/09/08