フリー・スピリッツ/メアリー・ルー・ウィリアムス
柔軟な表現力
敬して遠ざけられている大御所ジャズマンっている。
男性がデューク・エリントンだとすると、女性はメアリー・ルー・ウィリアムスなのではないかと。
深い音楽性と多様な表現力を持ちながらも、日本では(本国アメリカでも?)あまり多くの人に聴かれていないような気がする。
そういえば、日本では中川ヨウの『ジャズに生きた女たち』でも取り上げられ、少しは知名度があがったのかな?と思いきや、たとえばアマゾンのカスタマーレビューを除いても彼女の作品のレビューが少ないことからも、あまり聞かれていないのだなと残念な気持ちになる。
私の場合は、セシル・テイラーと共演したピアノのデュオアルバム『エンブレイス』を聞いて、細かな音階攻撃を繰り出すセシルのピアノに一歩も動じることなく、とんでもない安定感と重量感でどっしりと構える彼女のピアノにぞっこんになった口だ。
そして、根っこには非常に色濃いゴスペルフィーリングが横たわっているにもかかわらず、セシルのような新進気鋭なピアニストとも互角以上に渡り合える懐の深さと表現レンジの幅の広さを持っていると感じたものだ。
彼女の生まれは1910年。
1909年生まれのレスター・ヤングとはほぼ同世代。
そして、レスターの恋人だったビリー・ホリデイより5つ年上の女性ピアニストだ。
モダンジャズの世代からしてみると、「古い世代」に属するジャズマンといえるだろう。
しかし、たとえば70年代に録音されたこのアルバムは、ボビー・ティモンズの代表曲である《ダット・デア》や、マイルス・デイヴィスの《オール・ブルース》も演奏されている。
重量級の演奏かと思いきや、比較的あっさりとした演奏。にもかかわらず、深いコクがある。
まるで、トンコツベースなのにもかかわらず、あっさりと食べやすい味付けのラーメンのようにサラリとしているくせに深みのあるベテランが作る料理のごとし。
メアリー・ルーならではのオリジナリティを確固と持ちながらも、様々なタイプのスタイルをも柔軟に吸収し、サラリと料理できるだけの腕前の持ち主なのだ。
底流に流れる「エリントン」
個人的には《ベイビー・マン》が好きだ。
「おお、ミンガスじゃん!」
一瞬そう感じた。
チャールス・ミンガスはベーシストでありながらも、いちプレイヤーとしてのベース弾きにとどまらず、広くコンポーザーでありアレンジャーでもあった。
濁りと厚みのある独特なハーモニーで、唯一無二のミンガスサウンドを生み出した男だが、彼のそのハーモニックやメロディックなセンスは、ピアノのみに専念した『ミンガス・プレイズ・ピアノ』を聴くとよく分かるのだが、まるで、ミンガスのピアノが醸し出すテイストを、メアリー・ルーは放射している。
実際は順番が逆で、メアリー・ルー的な表現をミンガスがピアノでしているわけだが、ミンガスがメアリー・ルーをコピーしたというわけではなく、要するにこの2人の音楽の底流には、深くデューク・エリントンという大河が流れているということなのだろう。
もちろん、彼らのみならず、有形無形のカタチで何らかの形で、この時代のほぼすべての黒人ジャズマンはエリントンの影響を受けているといっても過言ではない。
その顕著な例としては、やはりセロニアス・モンクを挙げないわけにはいかないだろう。
セロニアス・モンクの7つ年上の彼女のピアノはある意味、デューク・エリントンとモンクをつなぐ架け橋的存在なのかもしれない。
若かりし日のモンクは2年間、伝道師楽団とともに2年間アメリカ全土を旅してまわるが、その道中にてメアリー・ルーと知己を得ている。
10代後半のモンクに、20代半ばのメアリー・ルー。
メアリー・ルーのピアノがどれほどまでにモンクに影響を与えたのかは想像するしかないが、おそらく青年期のモンクに「こう弾きたい!」と思わせる存在だったのではないだろうか。
彼女のピアノは、和声的にはモンクほどのエグみはないが、底流に流れる重たく黒いゴスペル、ブルースフィーリングは、きっちりとモンクの音楽にも継承されていると考えている。
共演者のバスター・ウィリアムスやミッキー・ロッカーのサポートも申し分なく、バスター・ウィリアムスのベースは、比較的よく動くわりには、メアリー・ルーのピアノを邪魔をせず、ミッキー・ロッカーのドラムはたとえば8ビートファンクっぽいナンバーのミッキー・ロッカーでは、軽妙な小技が光る。
ジャズの大御所ゆえにヘヴィな内容を想像し、尻込む必要はさらさらない。
比較的あっさり、しかし様々な音楽的バリエーションが展開されるので、一度に呑み込もうと急くことなく、3年くらいかけて、じっくりとスミからスミへと味おうという気軽な気分で付き合ってゆけば良いと思う。
記:2019/07/07
album data
FREE SPIRITS (SteepleChase)
- Mary Lou Williams
1.Dat Dere
2.Baby Man,#2
3.Baby Man
4.All Blues
5.Temptation
6.Pale Blue
7.Free Spirits #2
8.Free Spirits
9.Blues for Timme
10.Ode to Saint Cecile
11.Surrey with the Fringe on Top
12.Gloria
Mary Lou Williams (piano)
Buster Williams (bass)
Mickey Roker (drums)
1975/07/08
YouTube
動画でもこのアルバムのことを語っています。
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