フロム・オスロ/アキコ・グレース
2021/02/04
鋭い日本酒
その昔、日本酒マニアの女史に、日本酒の美味い料理屋や飲み屋に連れまわされた(?)ことがある。
彼女曰く、スーパーなどで売っている安い日本酒は本当に日本酒ではない、本当の日本酒の美味しさを今の日本人はどれだけ知っているのか。
なるほど、彼女が言わんとしていることは、その後、『美味しんぼ』や『もやしもん』などのコミックを読んで、よ~く分かりました。
しかし、知識だけではなく、実際に舌で味わうと、つまりホンマモンな日本酒を味わうと今まで飲んできたアルコールの液体は一体何だったのかと思ってしまうことは確か。
今はもうなくなってしまったが、都内某所にある日本酒が美味い居酒屋に連れていってもらったときのこと。
そこの店主は不思議な力を持っているという。
客の顔を見て、あるいは客が注文する料理に合わせておすすめの日本酒をついでくれる。
何を出されたのかは残念ながら失念してしまったが、透明感のある辛口中心のものをいただいたと記憶をしている。
さらに、その店主の不思議な能力というのは、この店は値段が時価の店なのだが、お会計の料金がその客の財布の中身を知っているかのごときの金額なのだ。
たとえば、4万円が財布の中にあったとすると、だいたい3万2000円くらい。
つまり、帰りのタクシー料金と、少々の小銭が残るくらいの請求額なのね。
ちょっと懐が寂しいときは、1万5千円くらいの時もあった。
思えば、その時の財布の中は万札が2枚入っていた。
つまり、客の酒の好みのみならず、懐具合もお見通しな店主。
今では、都内ではなく空気が綺麗な地方に引っ込み、1日1組み程度の富裕層の客を対象にした店を営んでいるというが、いやはや、その店で出された日本酒は、そのどれもが澄みきっており、どこまでも自分の腑抜けた脳味噌が冷たくクリアな水で洗浄されているかのような感触を味わえたものだ。
話が長くなってしまった。
要するに、美味い日本酒は、それこそ日本刀のような斬れ味があるということを嫌と言うほど思い知らされた体験だった。
アキコ・グレース5枚目のリーダー作『フロム・オスロ』を最初に聴いたときの感触は、まさに上質な日本酒を喉に流し込んだ時のような感触を覚えたものだ。
もとより斬れ味い彼女のピアノではあるが、それがさらに鋭く豊な香りを放つ日本酒を一口飲んだ時の驚きに近いものを感じたものだった。
ECM的クリアサウンド
アキコ・グレースの『フロム・オスロ』。
このピアノを聞いた時は、
凛として透明。
冷たくスッと喉を通過していくのだが、少し後に、鼻孔にほうじょうな香が満たされてくる。
そんな感触だ。
このヒンヤリ感は、ノルウェイのレインボー・スタジオで録音されたということが大きい。
しかも、録音エンジニアには、ECMの諸作品を手掛けるヤン・エリック・コングスハウグを起用。
ECMレーベルの作品ではないにもかかわらず、ECM特有の透明感と奥行きのあるサウンドが彼女のピアニズムに新たな光を当てている。
また、チープな比較かもしれないが、キース・ジャレットのヨーロピアン・カルテットにも通ずる音像全体の佇まいも感じられる。
特にヨン・クリステンセンのパーカッションの金属音などは、まさにECMサウンド以外の何物でもない。
しかし、一気に呑めて、いや、一気に最後まで聴けてしまうのは、音の美しさと統一感があるからこそなのだろう。
ニュー・ムーン
一般にビル・エヴァンスの《ワルツ・フォー・デビー》で注目を集めているアルバムかもしれない(たしかに素朴なフレージングが魅力的)。
あるいは、ノルウェーということでビートルズのナンバー《ノルウェイの森》から聴きたくなってしまうかもしれない(たしかに解釈はユニーク)。
また、有名なスタンダードナンバーということから、《ゴールデン・イヤリング》にCDの選曲をスキップさせてしまうかもしれない(たしかにピアノトリオとしてのコンビネーションは見事)。
しかし、このアルバムならではの空気感と、アキコ・グレースというピアニストの繊細な感性と剛腕なピアノ力が美しく融合した《ニュー・ムーン》もじっくり鑑賞して欲しいと思う。
これはもう一つの美しくダイナミックでありながらも儚い音による物語だ。
アキコ・グレースというピアニストは、確かな技術に裏打ちされた、優れたストーリーテラーでもあるということを思い知らされる1曲なのだ。
記:2018/11/06
album data
FROM OSLO (Savoy Records)
- Akiko Grace
1.New Moon
2.Sunrise
3.Waltz For Debby
4.From Oslo
5.Miles' Dance ('69)
6.Organic Forms
7.Peace, Searching For
8.Golden Earrings
9.Norwegian Wood
10.Play, Pray In Thunder
11.Solveig's Song
12.Groove It Is
13.On The Rainbow
14.Message
Akiko Grace (p)
Larry Grenadier (b)
Jon Christensen (ds)
2004年録音
関連記事
>>フロム・ニューヨーク/アキコ・グレース
>>TOKYO/アキコ・グレース
>>グレースフル・ヴィジョン/アキコ・グレース