ハウ・マイ・ハート・シングズ/ビル・エヴァンス

      2022/06/21

ラファロ亡き後の録音

スコット・ラファロ参加の「リバーサイド4部作」と比較すると、どうしても地味な存在感になってしまうが、なかなかどうして、このアルバムは、かなり充実度の高い内容だ。

ラファロの後釜のベーシスト、チャック・イスラエル。

第2のラファロの役割を必死に演じようとしてか、動くベースラインで一生懸命エヴァンスを触発しようとしているとこが微笑ましい。

とくに《サマータイム》。

ダブルストップ(ベースで同時に2音を出すこと)を取り入れた執拗なリフ(リフレイン=くり返し)が、演奏のイメージを決定づけ、他のジャズマン達が演奏する一味も二味も違う《サマータイム》を演出することに成功している。

このベースのリフは、スタン・ゲッツとアストラッド・ジルベルトのライブ盤『ゲッツ・オウ・ゴー・ゴー』でも聴くことが出来、チャック・イスラエル的サマータイムのトレードマークとでも言うべきベースラインなのかもしれない。

もっとも、ラファロはラファロ、イスラエルはイスラエルで、資質は違うのはアタリマエな話。

もちろんイスラエルは素晴らしいベーシストだが、ラファロ的な動くベースよりも、彼のしっとりと湿り気を帯びたセクシーな低音は、バラードのように腰の落ち着いた音数少ないプレイにこそ生きると思う。

彼の音数少ない独特でしなやかなベースを楽しみたければ、同じ時期のレコーディングからスタティックな演奏ばかりを抽出、編集された『ムーンビームス』をお楽しみあれ。

『ムーンビームス』は静的な演奏がセレクトされ、『ハウ・マイ・ハート・シングス』に収録された演奏はどちらかというと動的なものを中心に収録されている。

ちょうど、同じ日に演奏されたライブ演奏を2枚のアルバムに振り分けることによって、まったく違う表情のアルバムのアイデンティティを獲得している、マイルス・デイヴィスの『フォア・アンド・モア』と『マイ・ファニー・バレンタイン』と同じような関係だ。

『ハウ・マイ・ハート・シングス』 押した瞬間、サッと引き、聴者の耳を心地よく刺激するエヴァンスの緩急あふれるピアノと、アグレッシヴにピアノを挑発するラファロとは対照的に、曲線を描きながら、深く沈み込むような音色でエヴァンスを支えるイスラエルのベースを心ゆくまで堪能しよう。

エヴァンス作曲のタイトル曲をはじめ、《アイ・シュッド・ケア》、《イン・ユア・スウィート・ウェイ》などの名曲揃いなのもこのアルバムの特長。

特に、管楽器のジャズや、ハードロックなどを聴いた後にこれをかければ、このアルバムは最初の数秒で、それまでに染まっていた“音楽空気”を塗り替えるだけの力がある。

冒頭の《ハウ・マイ・ハート・シングス》がかかった瞬間の安堵感、至福感といったら!

このアルバムのタイトル曲が持つ“安堵パワー”に大きな溜め息をつき、ゆったりとした至福感を感じている人も多いのではないかと思う。

記:2008/07/14

album data

HOW MY HEART SINGS (Riverside)
- Bill Evans

1.How My Heart Sings
2.I Should Care
3.In Your Own Sweet Way(Take 1)
4.In Your Own Sweet Way(Take 2)
5.Walkin' Up
6.Summertime
7.34 Skidoo
8.Ev'rything I Love
9.Show-Type Tune

Bill Evans (p)
Chuck Israels (b)
Paul Motian (ds)

1962/05/17 #1,5
1962/06/05 #2,3,7,9
1962/05/29 #4,6,8

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