レディ・イン・サテン/ビリー・ホリデイ
2021/02/08
マル・ウォルドロンが参加
ビリー・ホリデイ最晩年の作品で、『ラスト・レコーディング』の1つ前のアルバムとなる。
パーソネルを見ると、《レフト・アローン》の作曲者のマル・ウォルドロンがピアノで参加している。
もとより彼女のために作曲したナンバーにもかかわらず、残念ながら彼女が歌唱のこの歌は残されていないのが残念。
せめて、このアルバムか最後のアルバムに収録されていれば……、と思うのはファンの贅沢な欲望か。
このアルバムを評されるときによくついてまわる言い回しには、「最晩年ゆえに老いた声」や「ボロボロの声」というものがあるが、歌の価値は、聴く者に感動を与えるか与えないかに尽きるので、声色や音程云々は価値を測るバロメーターではない。
聴き手の多くは、彼女の自伝やドキュメントフィルムから得た知識、つまりはビリーの数奇かつ波乱万丈な人生を予備知識として頭の中にインプットされているのだろう、どうしても「悲惨な人生」と「老いた声」を重ね合わせ、「最後の気力を振り絞った執念の歌唱」という、あたかも後ろ向きの予言者のごとく、彼女の生涯のラストから逆算したかのような形容をし、それゆえに同情の入り混じった鑑賞姿勢になってしまいがちなのかもしれない。
もちろん、このような鑑賞の良し悪しを言いたいわけではない。
しかし、あまりに彼女の人生、生きざまといった彼女の自伝の『奇妙な果実』に書かれてある内容を重ね合わせながら、過剰な思い入れをこの作品にしてしまうと、せっかくのビリー・ホリデイという歌手の表現力の部分を聴き逃してしまう可能性がある。
なにより、彼女の自伝の内容自体が中川ヨウ・著の『ジャズに生きた女たち』によれば、
近年リンダ・クウェールやドナルド・クラークらの精力的な研究によってわかったことなのですが、ジャズ・ファンが信じてきたそのビリー・ホリデイの少女時代には、脚色がほどこされていたのです。それは自伝が、ウィリアム・ダフティという大衆紙の新聞記者によって代筆されたことによります。悲劇の色を濃くすることで、センセーショナルな話題をねらって書かれたのです。もちろん、ビリーはそのことを承知しており、というより彼女がそうしようといいだしたのでした。
とあるように、もちろん悲惨な生涯だったことには違いないにせよ、一般に認知されているビリーの人生、そしてもしかしたら、我々リスナーが無意識に「鑑賞の上での感動の補助線」として用いている「物語」も、じつはフィクションの要素が多分にあるということも念頭に置いておかねばならない。
私は、10代の後半、好きな女の子が聴いていたという理由だけで、「悲惨な人生を送った歌手」とか「亡くなる前のレコーディング」とうような予備知識なしに、このレコードを彼女から借りて聴いていた。
もちろん、このアルバムの奥深い魅力に十代の若造が気づけるはずもなく、ビリーの歌声も「なんかヘンな声」ぐらにしか感じなかったものだが、それでも「ヘンな声」が持つ不思議な磁力、ヘンなんだけれども聴き手の耳の中に浸透してゆく魔力のようなものは感じた。
まだきちんと音楽を受け止める観賞力のようなものは身についていなかった自分だが、それでも、そのときに直感的に感じた「ヘンだけど聴き手のなにかを揺さぶる声」という感想は今聴いて感じる感想とそれほど変わらない。
彼女が本質的にもつ「表現力」の部分は感じ取れていたと思うのだ。
つまりは、歌というのは、テクニック的な巧拙以上に大事なことは、聴き手の心の中に染み込んでゆく浸透力なのだということ。
だとすると、ビリー・ホリデイほど強力な浸透力を持った歌手を私は知らない。
どうしようもなく沈鬱でやるせない感じ。
レイ・エリス楽団によるオーケストレーションの優美さと反比例するかのように増し、じんわりと甘苦く染みてくる。
特にシチュエーションを指定する気はないが、やはり夜、それも深夜に似合う音楽なのだろう。
もっとも学生時代の私は、友人宅で朝まで飲みつづけ、軽い頭痛を覚えながら倦怠感とともに重たい身体を引きずりながら目覚める夕方に近い午後に、これをかけるとたまらないブルースを音と自分に感じていたので、自堕落な生活と気分にもシンクロしやすい音楽なのかもしれない。
個人的には《コートにすみれを》が好みだ。
マット・デニス作曲の原曲自体が素晴らしい歌なのだが、ビリーが歌うとこの曲の魅力がまた別の形となって提示される。
とにもかくにも、どこまでが嘘か本当か分からない歌手の人生を己の妄想に引き寄せて鑑賞する必要などさらさらない、歌における表現力とはなにかを教えてくれる作品が『レディ・イン・サテン』なのだ。
記:2011/03/08
album data
LADY IN SATIN (CBS)
- Billie Holiday
1.I'm A Fool To Want You
2.For Heaven's Sake
3.You Don't Know What Love Is
4.I Get Along Without You Very Well
5.For All We Know
6.Violets For Your Furs
7.You've Changed
8.It's Easy To Remember
9.But Beautiful
10.Glad To Be Unhappy
11.I'll Be Around
12.The End Of A Love Affair
13.I'm A Fool To Want You (Take 3)
14.I'm A Fool to Want You (Take 2 - Alternate Take)
15.The End Of A Love Affair: The Audio Story
16.The End Of A Love Affair (Stereo)
17.Pause Track
Billie Holiday(vo)
Elise Bretton, Lois, Miriam Workman (vocals, soprano)
Mel Davis (tp)
Tommy Mitchell , J.J. Johnson , Urbie Green (tb)
Danny Bank, Phil Bodner, Romeo Penque (woodwinds)
Mal Waldron (p)
Barry Galbraith (g)
Janet Putnam (harp)
George Ockner (vln)
Dave Sawyer (cello)
Milt Hinton (b)
Osie Johnson ,Don Lamond (ds)
Phil Kraus (per)
1958/02/19-21