ザ・メロディ・アット・ナイト・ウィズ・ユー/キース・ジャレット

      2021/02/16

深く敬虔ですらあるソロピアノ

これを聴き終えると、無性に外に出たくなる。

外に出ないにしても、少なくとも部屋の窓を開けて、外の空気に触れたくなる。

密室感の強い内容だが、だからといって息苦しくなるほど重苦しい演奏というわけではない。

ましてや、暗い演奏というわけでもない。

信じられないくらいピュアで、涙が出るぐらい悲しいソロ・ピアノだ。

私は特定の宗教を信仰してはいないので詳しいことはよく分からないが、敬虔な気持ちでお祈りなどを終えた後は、教会なり、お寺の本堂から出て、陽光をたっぷりと浴び、外の空気をたっぷりと吸いたくなるんじゃないかと思う。神妙な気持ちの反動で。

演奏を聴いたあとに、「開放されたい」という欲求が芽生えること自体、それだけ演奏に引きつけられていた証でもあり、それこそキースのピアノの持つ“力”なのだと思う。

このアルバムは、慢性疲労症候群という病気のため、しばらく活動を休止していたキースの復帰作で、彼の自宅のスタジオで録音された演奏だ。

キースにとってピアノ一台で、ほぼ全編スタンダードを演奏することは、初めての試み。

病における精神状態と、表出される音楽にどれほどの関連性があるのかは分からないが、一種悟りに近い演奏内容に達しているのは確か。

彼のピアノからは、一種、祈りにも似た敬虔さが感じられるのだ。

装飾的な要素が見事なほどすっぽりと削がれた、非常にシンプルな演奏だが、その音は周囲の空気を一変させてしまうほど深い。

すべての曲がスローテンポで演奏されている。

アンニュイな雰囲気を醸しだすモノトーンのジャケットそのままの演奏だ。

キース特有の、天空に全速力で昇りつめるような飛翔感はない。

演奏の肌触りは、うまく言えないが、これまでのキースのピアノが大理石の彫刻だとすると、ここでのキースのピアノの質感は木彫りの彫刻。

静かで、暖かい木のぬくもりを感じる。

煌びやかさは影を潜め、一音一音をいつくしむかのような演奏が続く。

BGM、ムード音楽にはなり得ない、極めて深いピアノソロのアルバムだ。

もしかしたら、表現の深みという面においては、キースのピアノソロの最高傑作かもしれない。

記:2003/03/05

album data

THE MELODY AT NIGHT,WITH YOU (ECM)
- Keith Jarrett

1.I Loves You Porgy
2.I Got It Bad And That Ain't Good
3.Don't Ever Leave Me
4.Someone To Watch Over Me
5.My Wild Irish Rose
6.Blame It On My Youth
7.Meditation
8.Something To Remember You By
9.Be My Love
10.Shenandoah
11.I'm Through With Love

Keith Jarrett (p)

Recorded 1998-1999 at Cavelight Studio

 - ジャズ