未来派野郎/坂本龍一
2021/02/11
フェアライトCMI
YMOの散解と入れ替わるように、デジタル・シンセサイザーが楽器市場に登場した。
代表的なのは、なんといっても、YAMAHAのDX-7。
従来のアナログシンセの暖かく、モクモクした音とは対照的に、クールで生硬な音色が特徴的だった。
スティーヴィー・ワンダー、TOTO、そして、マイルス・デイヴィスまで、ジャンルを問わずに世界中のミュージシャンがこの楽器に飛びつき、なかにはプリセットされたままの音色でこのシンセをレコーディングをしたミュージシャンもいるほど、新しい時代のデジタル・シンセサイザー、DX-7の音色は特徴的だったし、インパクトだった。
DX-7がデジタルシンセのポピュラーな「普及版」だとすれば、オーストラリアのフェアライトCMIは、シンセの王様的な存在として同時期に君臨していた。
値段にして、500万円。
サンプリングはもちろんのこと、そのサンプリングした音の波形がモニターに映し出され、キーボードと、モニターの上からペン入力で、音色を加工することが出来たのだ。
まさに、夢のマシン(当時は)。
坂本龍一の音楽活動をドキュメントした映画『トーキョー・メロディ』にも、このフェアライトは登場し、教授はドデカいディスク(フロッピーの数倍も大きなディスク)を自慢気に取り出し、フェアライトに差し込んでいたことを思い出す。
このフェアライトの作り出す音は、DX-7のメタリックで硬質な音色のエッジをさらに鋭くしたようなアタック感とクリスタル感の強い音色が特徴的で、同じ教授の作品だと『エスペラント』が、このシンセの特徴を非常に上手な形で引き出した秀作といえる。
あとは、トーマス・ドルヴィとのコラボレーション作品の『フィールド・ワーク』でも全面的に使用され、スマートで鋭角的な音色が、来るべき新しい音楽の出現を強く感じさせた。
ま、個人的には、このフェアライトをオモチャ感覚で遊んでいる立花ハジメの『太陽さん』が好きだけどもね。
フェアライトあってのアルバム
と、余談はさておき、この『未来派野郎』でも、フェライトの音色を充分に楽しめる。
というか、フェアライトに寄りかかりすぎ?
いや、フェアライトを使い倒したアルバムを作りたくて、「スピード感」→「未来派」というキーワードを持ち出したんじゃないの?と穿った見方もしてしまうほど。
たとえば、《ブロードウェイ・ブギ・ウギ》のデジタル臭いドラムの音色、《黄土高原》の符割の細かい心地よいアルペジオ、《GT》の、スコーン!と抜けの良いドラムの音色、《大航海》での濁りの混じった硬質なデジタル音のリフなどなど、これらの音色はフェアライト無しでは成立しなかった音色だ。
『未来派野郎』における印象的な音色の多くは、フェアライトがなければ成り立たなかったもので、もしかしたら、フェアライトという楽器が存在しなければ、『未来派野郎』というアルバムも生まれなかったかもしれないのだ。
それぐらい当時の教授にとって、フェアライトというシンセサイザーは探求するに値する素晴らしいツールであったことには違いなく、ハードに触発されてソフト(曲)が生まれるということは、デジタル楽器で音楽を作っていた者には共通して実感出来ることだと思う。
ベースにも、
ジャズベース=「固く締まった音」、
プレシジョンベース=「ぶっ太い音」
といったように、サウンドキャラクターがあるように、シンセにも、そのシンセならではの持ち味、特徴がある。
『未来派野郎』の「スピード感のあるポップ&前衛感覚」。
これは、当時の坂本龍一が、フェアライトというシンセの持つ特徴、長所を最大限に活かした一つのキーワードであり、成果だったのだ。
今聞くと、「ああ、時代の音だなぁ」と感じるところも多く、『音楽図鑑』のような普遍性は感じられないが、それでも、《黄土高原》の美しさは永遠不滅なのだ。
●収録曲
1.Broadway Boogie Woogie
2.黄土高原
3.Ballet Mecanique
4.G.T.II゜
5.Milan,1909
6.Variety Show
7.大航海 Verso Io Schermo
8.Water is Life
9.Parolibre
10.G.T.
記:2009/10/28
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