ミス・レモン/飯島真理
2021/02/11
「最高傑作」と言い切ってしまおう
飯島真理の最高傑作!と言い切ってしまおう。
もちろん、個人的な思い入れや、プロデューサーの音楽的センスによる「オケの良さ」の面においては、坂本龍一プロデュースの『ロゼ』や、清水信之プロデュースの『midori』のほうが私の「好み」ではある。
しかし、ひとたび、「いち歌手」としての飯島真理という存在に目を向けた場合、気持ちよく透き通った声質と声の伸び、デリケートなヴィブラート、アニメ的(リン・ミンメイ的)なトゥマッチに陥らない繊細な感情表現、抑揚のダイナミクスなどなど、歌手としての技量、表現力においては、この時期がもっとも頂点だったのではないだろうか?
くわえて、『キモノ・ステレオ』あたりから海外のミュージシャンを起用しはじめているが、良い意味においての海外のロック、AORフィールドのミュージシャンたちが持つおおらかさ、ポケットの広さが奇跡的に当時の脂の乗った真理ちゃんのヴォーカルと融合し、楽曲とアレンジの良さがそれに拍車をかけ、類まれなクオリティを誇るポップスに仕上がっているのだ。
冷たい雨
先述した「伸びやかで透きとおった声」は、冒頭の《ガラスのダーリン》から炸裂している。
明るいオーラを放つナンバーは、《鏡よ、鏡!》、《9月の雨の匂い》と続き、しっとりとした《ミッドナイトコール》へと続く。
そして、きわめつけは「隠れ名曲」の《冷たい雨》。
個人的な経験によれば、このナンバーが好きな人には女性が多いと感じる。
私がこのアルバムをリアルタイムで毎日大音量で聴いていた頃、妹がこの曲好きだと言っていたし、当時つきあっていた彼女も、サビの「♪悲しいとひとこと言えたら、可愛いと思ってくれたかしら」とよく口ずさんでいた。
メロディもさることながら、歌詞の内容が十代後半の女の子の心のどこかのツボをつくところがあったようだ。
もっとも、ソウルやストーンズ好きの妹の場合は、今思えば、この曲を彩るシンプルなドラムと、安定したミドルテンポのリズムのほうに魅了されていたのかもしれない。
いずれにしても、日本的8ビートではない、舶来の(死後?)香りがする8ビートではあり、カリフォルニアの空を思わせるポケットが広いおおらかなドラムの音だけでも聴けてしまう名曲といえるだろう。
チャールズ・ジョンソンのギターソロもなかなかワイルドで良し。
当時、TOTOにはまっていて来日コンサートに行ったりして、「スティーヴ・ルカサーのギターはベタだけどハリウッド的スケール感があるな~」なんて言っていた私のツボにもはまっていた。
パリからのエアメール
レコードでいえば、B面にあたる楽曲群は、少し切なめのナンバーが多めに配合されている。
《プラットホーム》にラストの《I LOVE YOU》、そしてきわめつけは《パリからのエアメール》だね。
歌詞のストーリーは、メロドラマというか、当時はやりのトレンディドラマ的なベタさは感じられるが、「♪秋色のルージュ添えて/残暑つづきのTOKYOに/せつない風が吹き抜けた」にゾクッとくるのは、きっと私だけではないだろう。
ま、ラストを飾る《I LOVE YOU》は、ラストに畳みかけるサビのリフレインがちょっとクドいかなって感じがしなくもないけど、『ミス・レモン』という素晴らしいアルバムのラストを締めくくるにはちょうど良い按排なのかもしれない。
もちろん、アルバム後半は、上記しっとり系のナンバーばかりではなく、《気紛れウィークデイズ》のようなポップなナンバーもある。
この曲が、もっとも従来の「真理ちゃん的世界観」が歌詞においても曲調においても濃厚に残っているナンバーだといえるかもしれない。
これは、特にアルバム『midori』の歌詞の世界に濃厚に漂っているのだが、
飯島真理の歌詞の世界に登場する女の子のキャラクターは、同性の友達はもちろん大事にするけれども、少し上から目線なところがあり(恋愛経験の差による自信からくるものだと思われる)、その一方で、ちょっと年上の「大人な」オトコに対してはリードされたり翻弄されたりする「可愛い女の子」を前面に出すタイプであることが多い。
なんだ、それってリン・ミンメイ的な同性から嫌われがちな「イヤな女」じゃん(笑)。
「イヤな女度」が減少
この女子高生的、あるいは女子大生的なキャラクターは4枚目の『キモノ・ステレオ』あたりまで続き、5枚目の『コケティッシュ・ブルー』あたりからは、少しずつOL的気質が芽生えてきているので、年齢とともに歌詞に登場する女性も成長しているのだろう。
そして6枚目の『ミス・レモン』は、ほぼ「少女度」が消え、あくまで、歌詞の文脈上からの判断ではあるが、付き合う相手も年上から同世代の男性が増えてきているような気がする。
もちろん成熟までには至っていないにせよ、ほのかな「大人の女度」が増してきている。
このバランス感覚が良いのかもしれない。
それまでのアルバムの歌詞は、楽曲やアレンジが良くても、歌詞に登場する女の子の良くも悪くも未成熟で、ちょっと自己本位な姿勢が鼻につくこともあったからね。
もっとも、それが等身大のリアルな女性の姿だったのかもしれないが。
赤裸々に、というわけではもちろんないが、彼女の歌の登場人物の多くはザックリとではあるが、以下のようなキャラだ。
・自分が一番でいたい
・自分は(少なくとも周囲の女友達に比べれば)可愛いし、恋愛経験もちょっとだけ上
・背伸び、大人のふり
・年上の落ち着いた「オトナの男」には受け身
・好きな人のことを考えると夜も眠れない
・そんな切ない気分を味わっている自分を客観視できる目線も持ち合わせており、悲劇のヒロインとして演じる目線も持ち合わせている
……などなど、多かれ少なかれ女性の誰しもが持っている気質なのかもしれないが、露骨に表出してしまうと「イヤな女」になってしまうところを、ギリギリ手前の寸止め表現で楽曲として成立させていた飯島真理の歌の世界だが、『ミス・レモン』の歌詞は、このような臭みが綺麗に削ぎ落とされ、良くも悪くも「自己中」な臭みが抜けた爽快な爽やかさがある。
この爽やかさと、音楽の広がり、そして歌手としての表現力のアップが、まさに清涼感あふれる『ミス・レモン』というタイトルに相応しい内容として昇華されているのだ。
リン・ミンメイ的な「クセ」と「アク」がすっきりと取れた清涼感あふれる作品となっており、完全に『マクロス』の重力圏から脱した、「いち歌手」、「いちシンガーソングライダー」としての頂点を記録したメモリアルなアルバムなのだ。
記:2018/02/20
album data
Miss Lemon (moon)
- 飯島真理
1.ガラスのダーリン
2.鏡よ、鏡!(I wanna marry you)
3.9月の雨の匂い
4.ミッドナイト・コール
5.冷たい空
6.プラットホーム
7.気紛れウィークデイズ
8.パリからのエアメール
9.ロンリー・ガール
10.I LOVE YOU
リリース日:1988年4月10日
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