もし、モンクとドルフィーが共演していたら?
ウラジミール・シモスコの著書『エリック・ドルフィー』によると、ドルフィーは生前にモンクとの共演を強く望んでいたようだ。
「モンクほどのミュージシャンと共演するにはもっと練習しなくちゃ」といったようなことを語っていた旨が本書には記されている。
ドルフィーのベルリンでの客死により、結局二人の共演は果たされなかったが、もし二人が共演していたらどんな音楽が生まれていたのか?
これはとても興味深いことだ。
ファイブ・スポットでモンクと共演したグリフィンやコルトレーン以上にエモーショナルなサウンド?
『アウト・トゥ・ランチ』以上に不思議で多角形な奥行きの広がるサウンド?
『ミンガス・プレゼンツ・ミンガス』のように意味深な会話が交わされる?
いろいろ想像を巡らせど、結局は想像の中での憶測でしかありえないのだが、一つ手掛かりがある。
『ラスト・デイト』に収録されている「エピストロフィ」。モンクの曲だ。
ドルフィーが他に演奏しているモンクの曲といえば、すぐに思い浮かぶのがジョージ・ラッセルの『エズセティックス』収録の《ラウンド・ミッドナイト》だが、これはこれで背筋が凍るほどの肉感的な素晴らしいアルトだ。
しかしモンクのピアノとは明らかに趣きの異なるリディアンクロマチックコンセプトの提唱者、ジョージ・ラッセルの明晰なピアノがバックの演奏よりも、ひょっとしたら“モンクよりもモンク的”なピアニスト、ミシャ・メンゲルベルグのピアノを従えた演奏がよりドルフィー・ミーツ・モンクの見果てぬ演奏への思いを巡らすことが可能かもしれない。
そう思い、久々に『ラスト・デイト』をかけてみた。
すると、どうだろう。「モンク的なピアニスト」だと勝手に思い込んでいたメンゲルベルグのピアノだが、意外なほど輪郭がハッキリしていないことに気がついた。
逆にいえばモンクのピアノは、こちらの想像以上にリズムの歯切れと音の輪郭がハッキリしているのだなということだ。
たしかに突拍子もないタイミングで、突拍子もない音を鳴らす「モンクっぽさ」をメンゲルベルグは身につけている。
しかしメンゲルベルグのピアノのリズム感やノリは、モンクのピアノほどハッキリしていないし、むしろ湿気を多分に含んでいるが(そこが彼のピアノの良いところだと私は思っているが)、ドルフィーの咆哮するバスクラのバックでモンク的な不協和音に近いボイシングの和音を「まったり」と奏でるメンゲルベルグのピアノはそれはそれで悪くない。
ドルフィーのこの《エピストロフィ》は私の大好きな演奏で、この演奏がきっかけで、どちらかというと無味乾燥で愛想の無い曲を好きになることが出来た。
ドルフィーの生々しく、そしてウネウネと曲線を描くかのようなバス・クラリネットがこの曲に生命を吹き込んでいるからだ。
とにかくイントロのバスクラの咆哮が素晴しい。
ドルフィーのソロのアプローチについて考えてみよう。
いつものドルフィーの饒舌で圧倒的な音数を吹き散らすソロとは多少趣きを異にして、この《エピストロフィ》では心無しか音のスペースを意識しているかのようなアドリブとなっている。
フレーズからフレーズの間に設けられる「間」の多さ、そしていつものドルフィーのソロよりは明らかにロング・トーンが多い。
あたかも、意図的につくり出したスペースにモンク的な和音のクラスターが入ることを念頭に置いているかのように…。
このようなソロ構成の配慮のもと、モンクのピアノが「コキン」と一音入れば、世界はモンク色に染まるのだろう。
もっともメンゲルベルグのピアノも、多分にモンク的な音使いには違い無いのだが。
ただ一つ違う点があるとすれば、「ノリ」の歯切れ悪さ。
モンクのノリとは明らかに趣きを異にしている。
もっともこのメンゲルベルグの歯切れ悪さが逆にこの演奏に良い意味での不気味さを加味しているので、モンクのオリジナル曲に新しい解釈を加えていることには違いないのだが。
モンクのピアノを多角形的だとすると、ドルフィーのバスクラ、アルト、フルートは明らかに曲線タイプの図形だ。
この異なる二つの図形がブレンドされると、素晴しいサウンドが生まれるだろうことは想像に難くない。
《エピストロフィ》を彼らが共演したとしたら……。
限りなく『ラスト・デイト』中の演奏に近くなるのではないか。
ただし曇り空のようなこの《エピストロフィ》よりもう少し「カラッ」とした演奏になるのだろうけど。
『ラスト・デイト』を聴きながら、そんなことを考えていた。
album data
LAST DATE (Fontana)
- Eric Dolphy
1.Epistrophy
2.South Street Exit
3.The Madrig Speaks,The Panther Walks
4.Hypochristmutreefuzz
5.You Don't Know What Love Is
6.Miss Ann
Eric Dolphy(as,bcl,fl)
Misja Mengelberg (p)
Jacques Schols (b)
Han Bennink (ds)
1964/06/02
記:2003/01/11