ニッポン・ソウル/キャノンボール・アダレイ
サービス演奏と本音演奏
1963年にキャノンボール・アダレイ・セクステットが来日した時の模様が収録されたアルバムが、この『ニッポン・ソウル』だ。
冒頭の《ニッポン・ソウル》は、日本の聴衆が期待するファンキーテイストの演奏で、これは、日本のファンへのサービスといったところだろう。
ホレス・シルヴァーの『ザ・トーキョー・ブルース』(ブルーノート)と同様、特に「和」のテイストを取り入れたナンバーというわけではなく、多くの聴衆が期待したであろう、当事のキャノンボールの「ファンキー・ジャズ」路線を地でいくナンバーだ。
また、CDのボーナス曲の《ワーク・ソング》も、日本のファンへのサービスに違いなく、当時のジャズファンが彼らに期待していたであろうテイストの演奏も抜かりなく披露してはいる。
しかし、おそらく、この時期のキャノンボール・アダレイ・セクステットの本音であり、追求していた路線は、モードジャズだった。
キャノンボールとモード奏法
この時期、ジョン・コルトレーン・カルテットが追求していたモード奏法を、キャノンボールも取り入れて演奏をしている。
もっとも、コルトレーンもキャノンボールも、マイルスがモード奏法を試みた『カインド・オブ・ブルー』のレコーディングに参加していたメンバーだったことからも、この流れは必然だったのかもしれない。
とはいえ、『カインド・オブ・ブルー』が録音された1959年の時点においては、コルトレーンのほうが、モード奏法への理解もアプローチも、キャノンボールより一日の長があった。
この時点においてのキャノンボールのアドリブは、ビ・バップ、ハード・バップのイディオムからは抜け出しておらず、シンプルになったコード進行の中、独自にコードを細分化し、演奏の流れにメリハリを形成し、それに則した旋律を吹いていたため、厳密にいえば、モード奏法とは言いきれないアドリブではあった。
しかし、この未消化のままで展開されるキャノンボールのアドリブこそが、マイルス、コルトレーンのストイックなモード奏法に対しての「陽」のポジションを形成しており、『カインド・オブ・ブルー』の、特に《ソー・ホワット》や《オール・ブルース》を単調な演奏に陥ることを防ぐことに貢献していた。
そして、それから数年後の1963年の来日時においては、すでにキャノンボールは独自のモーダルなアプローチを確立していたことがうかがえる。
それが、ユセフ・ラティーフ作曲の《ブラザー・ジョン》だ。
ブラザー・ジョン
タイトルの「ジョン」からもわかるとおり、もうこれは、完全にジョン・コルトレーン・カルテットの演奏を意識していることが分かる。
もちろん、手法はコルトレーン・カルテットのアプローチと同種のもには違いないが、演奏内容はコルトレーンのそれとは異なるカラーになっていることは言うまでもない。
コードチェンジを減らし、曲のトーナル(調性)が、同種の色彩を帯びながら、横へ横へと流れていく中、各管楽器奏者が、さながら広大なキャンバスに絵を描くように自由に旋律を紡いでゆくのだが、やはり作曲者であるラティーフが奏でるオーボエが、表情豊かで趣き深い。
オーボエという楽器が持つ音色の特性もあるのだろうが、コルトレーンが《マイ・フェイヴァリット・シングズ》で演奏したソプラノサックスのような音色に聞こえる瞬間もあるかと思えば、民族楽器的な音色に聴こえる箇所もある。
管楽器の音色、表情といえば、キャノンボールのアルトサックスや、弟のナット・アダレイのコルネットも、音色のニュアンスを変えてみるなどの工夫を重ねていることを《ブラザー・ジョン》からは確認することが出来る。
迫りくるコードチェンジに、めまぐるしく対応しなければならないという切迫感から解放されたぶん、管楽器奏者は、長いスパンで自由にメロディを組み立てることが出来るうえに、旋律のみならず、音色にも表情やニュアンスをつけやすくなっているところが、モーダルな演奏の良いところ。
そのぶん、演奏が長尺化しがちではあるが、演奏内容が素晴らしければ、それはそれでまったく気にはならないし、むしろ、「もっと続いてくれ!」と思わせるだけの催眠効果を誘う演奏も、コルトレーンの《オレ》や《マイ・フェイヴァリット・シングズ》をはじめとして少なくない。
単調な演奏になるか、それとも聴き手の時間意識を悠久の時間が流れる迷宮に誘うのかは、フロントの管楽器奏者のイマジネーションやアイデア、表現力によるところも大きいが、リズムセクションの持久力や柔軟性が大きく問われる。
時として単調なリズムキープに陥ってしまいがちな、モード奏法のリズムセクションではあるが、手堅いサム・ジョーンズのベース、シンバルの連打が心地よいルイス・ヘイズのドラムス、しっかりと演奏の手綱を握るジョー・ザヴィヌルのピアノなど、なかなかの充実したリズムセクションゆえ、極端な話、管楽器が抜けたリズムセクションだけでも、長時間退屈せずに聴けてしまうのではないかと思う。
モードからファンキーへ
キャノンボール・アダレイというと、「パーカーの再来」と呼ばれる華々しいデビューを飾った生粋のビ・バッパーから、ファンキー路線を経て、《マーシー・マーシー・マーシー》などのヒットを飛ばし、一部の真面目なジャズファンからは、「ファンクの御用商人」などと揶揄されていたが、その過渡期においては、コルトレーンが追求していたモード路線の演奏もしていたということは興味深い。
しかし、彼の肌には合わなかったのか、《ブラザー・ジョン》のようなモーダルな演奏は一時的な気まぐれだったのかは定かではないが、この演奏から3年後には、ファンキー路線をさらに煮詰めた、サイドマンであるジョー・ザヴィヌル作曲の《マーシー、マ ーシー、マーシー》でヒットを放った。
記:2015/01/31
album data
NIPPON SOUL (Riverside)
- Cannonball Adderley Sextet
1. Nippon Soul (Nihon No Soul)
2. Easy To Love
3. The Weaver
4. Tengo Tango
5. Come Sunday
6. Brother John
7. Work Song [CD Bonus Track]
Julian “Cannonball” Adderley (as)
Nat Adderley (cor)
Yusef Lateef (ts, fl, oboe)
Joe Zawinul (p)
Sam Jones (b)
Louis Hayes (ds)
1963/05/21
Recorded At Sankei Hall, Tokyo