バド・パウエルで踊りだしたおばちゃん
2017/05/31
怖いパウエル。
不安定なパウエル。
ドライ過ぎるほどドライなパウエル。
恐ろしいパウエル。
『タイム・ウェイツ』のピアノは、そんなパウエルの典型だと長年思っていた。
とくに、鬼気迫る《バスター・ライズ・アゲイン》のピアノの音色。
右手と左手をユニゾンで同じ音を鳴らしているテーマの旋律は、簡素ながら、ぶっきら棒、かつ強引なタッチ。
しかも、時折、右手と左手のユニゾンの均衡が乱れ、より一層音に緊迫感が加わる。
さらに、そのタッチの強靭さからか、ピアノの音にディストーションがかかってしまったほど歪んだ音が怖い《ドライ・ソウル》。
いったい、この強引で恐ろしい空間っぷりはなんなんだ!?
『タイム・ウェイツ』は、パウエルの中でももっとも特異な位置にあるアルバムなのだ。
しかし、この認識が多少変わる出来事があった。
昨年の夏、ジンで酔った頭にガツーンと気合を入れようと、近所のバーにこの音源を持っていって大音量でかけてみたときのこと。
1曲目の《バスター・ライズ・アゲイン》が流れ出した途端、タイミングよく、近所のスナックから、酔っ払いのおばちゃんがやってきて、《バスター・ライズ・アゲイン》のリズムに合わせて、千鳥足でステップを踏み始めたのだ。
おばちゃんの身体の動きはぐにゃぐにゃ。
顔はぐしゃぐしゃ。
足はもつれて、今にも倒れそう。
辛味の効いたピアノの音とともに、一瞬、ものすごく不気味な光景に感じてしまったというのが、偽らざる本音。
店の空気も一瞬凍りついたことは言うまでもない。
しかし、おばちゃんの顔を見ると、心の底から楽しそうなのだ。
へぇ、怖いと思っていた《バスター・ライズ・アゲイン》が、こうも狂気と狂喜が入り混じったシュールな光景を演出するとは……。
長年「怖ぇ~」と思っていたパウエルの演奏に対する固定観念がガラガラと音を立てて崩れていった。
間違ってもコミカルで楽しい曲でも演奏でもないが、それを遥かに超越して、怖さの先にある、意味がありそうで無い、不思議で新たな境地を見出してしまった。
恐るべしパウエル、恐るべし酔っ払いのおばちゃん。
3曲目のタイトル曲は、雑な演奏ながらも、やはり乾いていながらも不思議な安堵感を感じる。
おばちゃんの踊りも、この曲にさしかかる頃にはひと段落。
焼酎グラスを片手に、静かに聴き入っていた。
記:2007/01/20
album data
TIME WAITS (Blue Note)
- Bud Powell
1.Buster Rides Again
2.Sub City
3.Time Waits
4.Marmalade
5.Monopoly
6.John's Abbey
7.Dry Soul
8.Sub City (alternate master)
9.John's Abbey (alternate take)
Bud Powell (p)
Sam Jones (b)
"Philly" Joe Jones (ds)
1958/05/24
●関連記事
>>タイム・ウェイツ/バド・パウエル