ウェイン・ショーターの神経毒
text:高良俊礼(Sounds Pal)
ジャケットの誘惑
意味深なタイトル、まるで心霊写真のようなおっかないポートレイト、トドメにタイトルの上の妖しいキスマークが「このジャケットの中には、何かヤバイ音がたくさん入ってるんだぞ~」と誘惑する。
ウェイン・ショーターの『スピーク・ノー・イーヴル』。
この誘惑から逃れられずについつい聴いてしまうとコレが良い。
神経毒
いわゆるモードとか新主流派とか言われる、60年代に洗練を極めた実にスタイリッシュなモダン・ジャズ・サウンドだ。
なので最初は「おや?何てことないフツーにカッコイイジャズじゃん」と思ってスイスイ聴ける。スイスイ聴けるから安心して何度も聴いていると、いつの間にか全身を、ショーターが黒魔術で調合した「毒」が回る。
この毒は神経毒というやつだ。
毒蛇の中でも最強と呼ばれているコブラやウミヘビが持つもので、体に入った瞬間はさほど痛みや衝撃を感じない。むしろ「あれ?今噛まれたの?」ぐらいに刺激しかないが、一度体内に入ったら最後、何時間か経過するころには、めまい、しびれ、倦怠感から始まって、呼吸困難や猛烈な吐き気を通過して、精神的な酷い錯乱状態を引き起こす最悪の状態で死に至らしめる恐るべき猛毒だ。
ここまで読んで「えぇ!?ウェイン・ショーター聴いたら死ぬの?」と、思っている方、安心してください。ショーターはコブラでもウミヘビでもないので死にません。でも、彼の音楽は、マトモ(?)な喩えにはどうも収まらない不可思議でキケンな魅力があって、それはどこからどう考察しても「毒」としか言いようのないものなのだ。
コルトレーンとショーターの違い
ウェイン・ショーターは1950年代後半にデビューしたテナー奏者。デビュー当時は「コルトレーンの影響を色濃く受けた新世代のサックス吹き」の中の一人に過ぎなかったが、演奏の実力もさることながら作曲家として頭角を現し、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ、マイルス・デイヴィス・クインテットという超一流のバンドにテナー奏者兼作曲家として抜擢され、後にはウェザー・リポートの中心メンバーとして、ジャズからフュージョンへと大きく流れを変えたジャズの歴史のコアの部分に関わることになる。
そのプレイ・スタイルは、確かに先輩であり、親友でもあったコルトレーンから多くの影響を受けている。しかし”吹き方”こそ似てはいるが、ひとつの音に過積載気味の感情をスパークさせるコルトレーンと、感情を深い所に沈めながら、少ない音数で巨大な影を描くようなショーターのアドリブ・スタイルは全く対極にある。
うねるサウンド
このアルバムは、この直後にこぞってマイルスのグループに大抜擢されることになるショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーターの3人に加え、コルトレーンの長年のよきパートナーであったエルヴィン・ジョーンズ、若手トランぺッターの中では群を抜く安定した実力の持ち主であるフレディ・ハバードが参加しており、過去と未来、あの世とこの世の暗黒が緻密な空間で交錯するような、過渡期のサウンドがうねっている。
ショーターの、重たいものをひきずりながら横へ横へと蛇行しながら流れていく、着地点の見えない夜間飛行なアドリブに応える変幻自在なリズム・セクション。
そしてブライトなトーンで丁寧に音を紡ぎ、この暗黒の世界に一筋の鈍い光明をもたらすハバードのプレイも見事。
記:2016/11/03
text by
●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル)