スケッチ・オブ・スペイン/マイルス・デイヴィス
年を重ねて、はじめて染みてくるジャズ
年齢を重ねて、ようやく分かってくるジャズもある。
いや、ジャズってむしろそういう要素が多い音楽なのかもしれない。
大げさに言えば、自分の成長を映し出す鏡とでもいうべきか。
最近になって、ようやく染み始めてきた1枚がある。
マイルス・デイヴィスとギル・エヴァンスのコラボレーション、『スケッチ・オブ・スペイン』だ。
冒頭の《アランフェス協奏曲》は、10分に満たない原曲を、なぜギルは5分以上も拡大したアレンジを施したのだろう。
かえって冗長になっちゃうったんじゃないの?
そう考えていたのが、まだケツの青かった学生時代の私。
《アランフェス協奏曲》の途中、9分20秒あたりから執拗に繰り返されるベースラインが、エリック・ドルフィーの『ラスト・レコーディングス』の《スプリング・タイム》みたいだぞ(時系列的には逆だけど)とニヤリとしていた、まだまだケツの青かった学生時代の私。
しかし、今だったら分かる。
いや、分かるような気がする。
少なくとも音と同化して没頭できるようにはなった。
『スケッチ・オブ・スペイン』の音世界に。
もちろんギルの頭の中にあった音風景は知る由もないが、スペインの歴史書を読み漁り、スペインの音楽を聴きまくり、フラメンコやジプシーの生活までをも図書館で調べた末に彼が下した結論が、あのアレンジ、あの構成、あの尺の長さで、それがギルにとってはベストな結論だったのだろう。
激情と諦観の狭間を行き来するサウンドが誘う絶望的なまでの虚無の世界を、あのオーケストレーションのアレンジ、音色で彩る必要があり、マイルスのトランペットが描き出す音風景と「世界」を一体化させるためには、あれだけの尺が必要だったということなのだ。
マイルスのトランペットは、いつだって孤独だ。
帝王と呼ばれていただけに「孤高」という形容ももちろん当てはまるが、トランペットそのものの音色は、表現の密度が深まれば深まるほど孤独で、曲によっては絶望的な気分に陥れるから恐ろしい。
スペインの作曲家、ホアキン・ロドリーゴやマヌエル・デ・ファリャが作り出したクラシックナンバーを起点にギルが新たに作曲したナンバーが3曲。スパニッシュなフレバーの中にモードジャズのアプローチを違和感なく挿入することに成功している。
このギルが構築した俯瞰すると大胆、細部に耳を凝らすと緻密な枠組みの中に、マイルスの孤独なトランペットのピースがピタリとフィットする。
熱狂的であり、熱き血潮がたぎり、しかし、徹頭徹尾孤独。
このアンビバレンツな気分を、高度な音楽性でありながらも決して難解ではない音風景としてパッケージングされた奇跡のアルバムといっても良いだろう。
《サエタ》の宗教行列の行進の際のマーチ風のドラミングに乗って奏でられるトランペットたちのファンファーレ、《ソレア》の力強いマイルスのトランペット。いずれも、なんと物哀しいことか。
こんなにも壮大な音世界の真髄に触れて眩暈でクラクラするほどの気分を味わえるようになるまでに、私の場合は、いったいどれくらいの年月を要したことだろう。
もちろん私の耳や感性がタコだっただけの話なのだが、やはり緊張感のないノータリン人生を送っているだけでは、この音楽が発する周波数にはシンクロできなのだろう。
もちろん、無理して不幸になる必要もなく、また、べつに今の私だって不幸な状態というわけでは決してないのだが、「人生いろいろ・良いことも悪いこともいろいろあって」といえるまでには、チャーリー・パーカーやジャコ・パストリアスや土方歳三のように、駆け足で濃密な人生を送り34歳で亡くなったヒーローたちは例外として、私も含め、多くの凡人は、「酸いも甘いも」とある程度自分の人生を俯瞰できるまでには相応の年齢を重ねる必要があるのではないかと感じる。
もちろん感受性の優れた若い人も、このアルバムの音世界に埋没し陶酔することだって可能だろう。
しかし、人生の年輪を重ねた50代になってから聴くとまた違った感慨が湧いてくるのではないだろうか。
そんなことをつらつら考えながら、日々聴く頻度が増えている50歳目前の49歳の私。
そういえば織田信長は50歳を目前に死んだ。敦盛の「人生五十年」を好んだといわえる信長だけど、俺の50年間の人生とは、濃密かつ波乱に満ちた彼の生き様に比べれば、なんて薄っぺらでのほほんとしているのだろう。
そんなことを考えながら、今日も『スケッチ・オブ・スペイン』を聴いているのでありました。
記:207/07/23
album data
SKETCHES OF SPAIN (CBS)
- Miles Davis
1.Concierto de Aranjuez
2.Will o' the Wisp
3.The Pan Piper
4.Saeta
5.Solea
Gil Evans (arr,cond)
Miles Davis (tp,flh)
Johnny Coles,Bernie Glow,Taft Jordan,Louis Mucci,Ernie Royal (tp)
John Barrows,James Buffington,Earl Chapin,Tony Miranda,Joe Singer (French horn)
Dick Hixon,Frank Rehak (tb)
Bill Barber,Jimmy McAllister (tuba)
Harold Feldman (cl,fl,oboe)
Romeo Penque (oboe)
Albert Block,Eddie Caine (fl)
Danny Bank (bcl)
Jack Knitzer (bassoon)
Janet Putnam (harp)
Paul Chambers (b)
Jimmy Cobb (ds)
Elvin Jones,Jose Mangual (per)
1959/11/15&20
1960/03/10