スタンダーズ・ゾーン/ブライアン・メルヴィン feat.ジャコ・パストリアス

   

ジョン・デイヴィス好きにはたまらない

ジョン・デイヴィスのピアノが好きだ。

彼の和音の響きは、モダンで現代的だ。

ただし、ハンコックほど鼻をつまむほどのきついテンションではなく、ちょっとした緩さと暖かさが持ち味。

また、リズムのノリ方もいかにも現代風。昔のスタイルのようにバウンスはあまりせず、どちらかというと直線的なノリだ。

ただし、リズムのノリ方には少し甘いところがある。

しかし、そこが良い。

ハーモニーもノリも、極端にカチッとし過ぎずに、甘くて緩さもある彼のピアノは、悪く言えば中途半端なのかもしれないが、どこかしら暖かみに溢れていて、なにごとも「やり過ぎない」ところにかえって好感が持てる。

私がジョン・デイヴィスを知ったのは、ブライアン・メルヴィンのアルバムを聴いたときだ。

『ナイト・フード』というアルバムだ。

ナイト・フード
ナイト・フード

ジャコ・パストリアス名義で売られているパッケージもあるが、このセッションのリーダーは、あくまでドラマーのブライアン・メルヴィン。

きっとメルヴィンよりは、ジャコのほうが知名度も人気も高いので、あたかもジャコ名義のアルバムのように見せているのだろう。

『ナイト・フード』は、ジャズ評論家の岩浪洋三氏が激賞していたアルバムで、氏は東京から大阪へ移動中の車の中で、このアルバムばかりを繰り返し聴いていたそうだが、私の場合はどう聴いても散漫な演奏と編集のアルバムにしか聴こえない。

もちろん、ジャコのベースは「凄い!」と唸るほどの斬れ味を見せる箇所もあるが、トータル的に見ると、様々な切り口の演奏が散漫に収録されているようにしか感じられない。

まとまり感が無いのだ。

それもそのはず、これはある意味ジャコの“救済アルバム”だからだ。

ジャコと交流のあったジャーナリスト、ビル・ミルコウスキーが著した『ジャコ・パストリアスの肖像』という伝記を紐解くと、晩年のジャコは、麻薬とドラッグで心身ともにボロボロの状態だった。

知り合いの多くが、最初は彼に暖かい救いの手を差し伸べたが、結局、目に余るジャコの奇行ぶりにサジを投げてしまったという。

その中でも、ドラマーのブライアン・メルヴィンは、最後まで親身にジャコの面倒を見、かつ、なんとか彼をかつての素晴らしいベーシストに復活させようと努力をしていた。

そのために彼が取った策は、積極的にレコーディングの機会を作ることだった。

ジャコをサイドマンに加えた自分名義のレコーディングだ。

その中の一枚が『ナイト・フード』だった。

先述した通り、精神も肉体も不安定なジャコを使って、なんとか一枚分の作品を作り、かつ、リスナーにも飽きられない内容にするためには、フォーマットと切り口を変える必要を感じたのだろうか。

女性コーラス入りの曲だったり、シンセサイザーのサウンドを前面に押し出したサウンドだったり、メルヴィンのドラムとジャコのベースのデュオだったりと、あれこれと切り口を変えた曲が収められている。

良く言えば、バラエティに富んだジャコの演奏のショーケースと捉えられなくもないが、先述したとおり、私にとってはちょっと散漫な内容に感じてしまう。

しかし、私がこのアルバムの中で、「おっ!?」と耳がピクリとなった箇所はいくつかある。
その中の一つが、《ザ・ウォーリアー》という曲のピアノだった。

この曲、テーマ自体は何の変哲もない、ありがちでキャッチーなメロディだが、その後にすぐ登場するジョン・デイヴィスのピアノが何とも鮮やかで心地よかった。

パラ・パラ・パラと、ちょっとだけ音の粒の揃っていない感じが逆に生々しく、彼が両手で繰り出す和音の響きがとても素敵だった。

『ナイト・フード』は、ボロボロのジャコに色々な曲を、色々なアプローチで演らせて、立ち直りの機会を作り出そうというメルヴィンの涙ぐましい努力の結晶だが、このアルバムと同様に、“ジャコ救済策”として録音されたものが『スタンダーズ・ゾーン』だ。

ただし、『スタンダーズ・ゾーン』は、『ナイト・フード』とは違い、非常にバランスのとれたアルバムだと思う。

全曲ピアノ・トリオ。

しかも、ピアノがジョン・デイヴィスだ!

タイトルの通り、スタンダードが盛りだくさん。これだけでも、魅力的な内容なのに、演奏も結構良いのだ。

もっとも、バリバリのジャコ・ファンからしてみれば、「こんなに大人しいジャコはジャコじゃないよ、全盛期のジャコはもっと凄かったんだから」ということになってしまうのかもしれないが。

しかし、私がこのアルバムで問題にしたいのは、「凄い」とか「凄くない」ではなくて、演奏が「良い」か「良くないか」だ。

そして、結論は「良い」。

もちろん、ウェザー・リポート時代などでの閃きに満ちたプレイは期待しようもない。

しかし、全体的におとなしめの演奏ながらも、『ナイト・フード』のようにプレイにムラがあるわけではなく、比較的安定したベースを全篇に渡ってプレイしている。

ジャコというと、どうしても16ビート系のベーシストだと思われがちだが、4ビートのグルーヴも良いものを持っている。

特に《ソー・ホワット》や《トーキョー・ブルース》などにおけるジャコの4ビートのスピード感はすごい。

また彼の18番、《酒とバラの日々》では、不思議なほど安定して落ち着いたプレイを聴くことが出来る。

力強いピッキング。輪郭のしっかりしたフェンダーのジャズベースならではの音。しかも、オールドベース特有の、腰があって芯のしっかりとした音色は、ベーシストだったら誰もが一度は憧れるのではないだろうか?

レイ・ブラウンは、『ベースマガジン』というベース専門誌のインタビューで、「エレキベースに4ビートは似合わない」と言っていたが、ジャコの“エレキ4ビート”を聴くと、そんなことは全然無いじゃないかと思う。

もっとも、ダメなエレキ4ビートがあまりにも多いからブラウンはそう発言したのかもしれない。

アンソニー・ジャクソンや、ジャコのエレキの4ビートを聴いていたら、レイ・ブラウンもそういう発言はしなかったのかも……?

ジャコの落ち着いたプレイも印象的だが、やはりジョン・デイヴィスのピアノが素晴らしい。

1曲目の《モーニング・スター》の出だしの和音を数音聴くだけで、幸せな気分になれる私だった。
曲想と、ちょっと緩くて甘い彼のピアノのスタイルがピッタリと一致しているのだ。

西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら」ではないが、私もピアニストだったら、こういうピアノが弾けたらいいだろうなぁと思う。

記:2002/11/06

album data

STANDARD ZONE (Venus)
- Brian Mervin~featuring Jaco Pastorius

1.Morning Star
2.Days Of Wine And Roses
3.Wedding Waltz
4.Moon And Sand
5.So What
6.Fire Water
7.If You Could See Me Now
8.Out Of The Night
9.Tokyo Blues
10.Village Blues

Brian Mervin (ds)
Jaco Pastorius (b)
Jon Davis (p)

1986/11月

 

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