トケビ/カン・テーファン
2021/02/21
韓国のフリージャズサックス奏者
韓国のサックス奏者、カン・テーファン(姜泰煥)は、過去に何度も来日して、山下洋輔、富樫雅彦、吉沢元治などのフリージャズ畑のジャズマンや、ピアニスト佐藤允彦や、作曲家・パーカッショニストの高田みどりら先鋭的なミュージシャンとの共演歴もあるため、名前だけは知っているというジャズファンは多い。
胡坐をかいてサックスを吹く。
韓国のエヴァン・パーカー。
ノンブレス奏法(循環呼吸法)をマスターしている。
このような知識を持っている人は少なくないにもかかわらず、実際、彼の演奏を聴いたことがあるというジャズファンは意外と少ないような気がする。
だからもし、彼に興味を持ち、何から聴けば良いのか迷った際は、『トケビ(鬼神)』をお勧めしたい。
収録曲は全2曲。
1曲目はアルトサックスのソロで、2曲目は、韓国の伝統楽器(管楽器と太鼓)が入る。
1曲目の《空へ》を聴けば、サックス奏者、カン・テーファンの表現力、資質を知ることが出来るうえに、2曲目の《永遠》を聴けば、韓国の伝統音楽、つまりは自らのルーツを模索する探求者でもあるということが分かるだろう。
私は、この2曲目がけっこう好きで、ジャズというよりも、ワールドミュージック(死後?)を聴いているような気分にもなる。
共演者の1人、キム・ソクチュル(金石出)は、胡笛と呼ばれる管楽器を吹いている。
この楽器は、強いていえばクラリネットのような音色の管楽器で、クラリネットよりも、もっと素朴で懐かしい音色を発するのだが、キム・ソクチュルがカン・テーファンのアルトサックスにからんでゆく音色は、まるでヤギなどの動物の鳴き声のようだ。
けっこう生々しい。
また、杖鼓と呼ばれる太鼓を叩くキム・ヨンタク(金用澤)が演奏の中盤から発する嵐のようなリズムは、和太鼓の連打とは、ひと味違う打の洪水で空間を揺さぶり、これがまた、かなりの心地良さなのだ。
韓国の伝統音楽に関しては無知に等しい私ではあるが、なんだか山間部の山村で繰り広げられている祭り、あるいは儀式を垣間見ているような気分に陥る。
アイラーに近い?
誤解をおそれずに言えば、私はカン・テーファンの《永遠》を聴くたびに、アルバート・アイラーの《ゴースト》を思い出す。
サニー・マレイ(ds)とゲイリー・ピーコック(b)がリズムセクションを務める『スピリチュアル・ユニティ』に収録されているナンバーだ。
《ゴースト》に限らず、『スピリチュアル・ユニティ』に収録されているナンバーは、過激なトーンと複雑なリズムの洪水ではあるが、その合間からは、とても素朴な調べが聞こえてくる。
アイラーのルーツであるブルースやゴスペルが剥き出しの形で放たれているのだ。
これと同様、カン・テーファンも自らのルーツである韓国の伝統音楽の旋律を歪んだサックスの音の合間から発することをためらわない。
アイラーとテイファン、両者に共通しているところは、サックスのトーンは過激になることもあるかもしれないが、自らのルーツを包み隠すことなく表現の中に自然と取り入れている、あるいは無意識に表出させているところではないだろうか。
だから、時としてフリークトーンのような過激な音に変化した場合も、そこには作為的なものは感じられず、自らのDNAと共振して生み出された、限りなくピュアなサウンドに感じるのだ。
「フリージャズとして」聴こうとすると、どうしても構えてしまいがちかもしれないが、ストイックに我が道を究めんとする修行者(実際、菜食主義、かつストイックな修行者のような生活をしているという)のドキュメントとして聴けば、興味深く聴けるだろうし、多くの発見をもたらしてくれるに違いない。
記:2019/04/09
album data
鬼神(Victor)
- 姜泰煥
1.空へ
2.永遠
姜泰煥(as)
金石出(胡笛)
金用澤(杖鼓)
1991/04/12
YouTube
動画でも『トケビ』について語っています。