絶妙なヴィブラート! レスター・ヤングの《シュー・シャイン・ボーイ》
2023/02/24
ベイシー・コンボの《シュー・シャイン・ボーイ》
1936年。
1930年代といえばスウィングジャズが全盛の時代だ。
カウント・ベイシー楽団の演奏も、当然、ぴちぴちと勢いにあふれていた
ここで、俎上に載せたいナンバーは、ベイシーが少人数のコンボで演奏された《シュー・シャイン・ボーイ》だ。
音数少ないピアノが特徴のカウント・ベイシーも、ここでは左手のストライドを駆使してノリノリに弾きまくっている。
ベーシストは、ウォルター・ペイジ。
はじける低音。
80年以上前の録音とは思えないほど、ツヤのあるはじけた低音が踊る。
ジョー・ジョーンズのブラッシュさばきも職人の技。
なんたる安定感と躍動感。
しばらくこの3人によるゴキゲンな戯れが続いた後、おもむろにレスターのテナーがはいる。
軽やかでリズミック。
どこまでも滑らか。
のってきたのか、ジョー・ジョーンズが2回、大きな音でスパッ!とオカズをいれる。
ノンヴィブラート
ここで面白いのは、コールマン・ホーキンスばりにヴィブラートをかけながら吹く箇所が認められること。
一般にレスター・ヤングの吹奏スタイルは、ノンヴィブラートであることが知られている。
このクールなアプローチがレスターをレスターたらしめている要因のひとつで、スタン・ゲッツやアル・コーン、スート・シムズなどどちらかというと白人のテナーサックス奏者に影響を与えている。
テナーではなくアルトサックスでは、ポール・デスモンドやリー・コニッツもレスターのスタイルの影響を受け、若い頃はずいぶんと研究をしたようだ。
楽器は違うが、あのマイルス・デイヴィスのトランペットの演奏スタイルも、少年時代は師匠であるブキャナン先生からの教えを忠実に守り、ノンヴィブラートのスタイルを貫いた。
一般に、ノンヴィブラートの吹奏のほうが、‟オン”ヴィブラート奏法よりも、クールな感触を演奏にもたらす。
いわば、都会的な触感ともいえる。
逆に、ヴィブラートをかけたほうが情感豊かなサウンドにはなるものの、やり過ぎると、田舎臭さが漂う野暮ったい表現になってしまう。
しかし、カンサスの「田舎」で、大人気を博したカウント・ベイシーの音楽は、洗練された演奏よりも、軽やかで洒落た泥臭さが、大きな持ち味でもあった。
まだ若かりし日のレスターのプレイは、この時代と場が求めるムードを反映してか、あるいは、先輩のテナー奏者、コールマン・ホーキンスの影響が残っていたのか、ほどよくかけられたヴィブラートがベイシーのリズムセクションと絶妙にマッチしており、思わず腰を揺らさずにいられなくなるのだ。
続いて登場するカール・スミスのミュート・トランペットもゴキゲン。
そして、再び登場するレスターのテナーは、以前のソロの時よりも、いっそうヴィブラートがかかっている。
サックスのヴィブラート奏法
ここで少し、サックスのヴィブラート奏法について解説してみたいと思う。
一言で言えば、音の高さを揺らすことで音楽的な表現力を増すための奏法だ。
この奏法を使うことにより、より豊かで表現力豊かな音楽を演奏することが可能となる。
特に、ヴィブラートによって聴き手に訴えかける表現力を持たせるためには、速度と幅の2つの要素があり、速度は、ヴィブラートの揺れる速さ、幅は揺れ幅を意味するのだが、この2つの要素を適切に調整することで、音楽的な表現力を最大限に引き出すことができる。
コールマン・ホーキンスとともに、ベン・ウェブスターのヴィブラートが個人的にはゆったりとした速度と振幅の幅のある印象的なヴィブラートを奏でる達人だと私は考えている。
では、サックスのヴィブラートはどうやって出すのかというと、主に口の筋肉を使って、音を上下に揺らすことによって作り出すことが多い。
まず、通常の音を吹き始めたら、口の筋肉を使って音を揺らす。その際に注意することは、知り合いのサックス奏者曰く、口の筋肉をゆっくりと動かすことがコツとのこと。
そして、その揺れ幅を調整して、音の高さを揺らすのだそうだ。
これにより、音が揺れるようになり、ヴィブラートを作ることが出来る。
もっとも、ひとくちにヴィブラートといっても、いくつかの種類がある。
「アーム・ヴィブラート」は、右腕を使って、サックスのボディを揺らすことで作り出すヴィブラート。
「ジョー・ヴィブラート」は、唇を振動させることで作り出すヴィブラート。
「ディップ・ヴィブラート」は、音の高さを下げることで作り出すヴィブラート。
「シェイク・ヴィブラート」は、楽器を揺らすことで作り出すヴィブラート。
アーム・ヴィブラートやシェイク・ヴィブラートのように、口で作り出すものだけではないことが分かる。
このナンバーにおいてのレスターは、ジョー・ヴィブラートを用いているのだろう。
時には古き良きジャズ
さて、この上記のようなことを意識しながら、レスターが「珍しく」ヴィブラートを用いて吹いているテナーサックスの表現を聴くと、彼はヴィブラートが出来なかったのでもなく、ヴィブラートの表現を捨てたのでもないということがよくわかる。
ただ、彼が表現したい音の多くはヴィブラートが不要だったのだろう。
そして、彼のスタイルは、先述したように、時代、人種、楽器の種類を飛び越えて多くのミュージシャンに影響を与えたのだ。
100年の間で劇的な進化を遂げたジャズ。
それも戦国時代から一気にIT、AIの今日の世まで駆け抜けたかのような、短期間で劇的な進化、発展を遂げてしまったジャズ。
現代のジャズのスピード感に少々肩が凝ったときは、戦前の大らかに揺れるジャズにどっぷりつかるのも悪くはないんじゃないかと。
そういう時にこそ、ほんのりとヴィブラートのかかったレスターのテナーが、心地よく心をマッサージしてくれるのだ。
記:2019/09/04