トム・ウェイツの歌声
text:高良俊礼(Sounds Pal)
音楽を聴くきっかけ
音楽を聴いて「いいな・・・」と思うきっかけというのがある。
ひとつは感覚の中にある「大体こんな感じのが好き」という基準をピッタリ満たすものと出会った時。
例えばロックとかJ-POPとかテクノとかクラシックとか、はたまた「しっとりした癒し系」とか「明るくて元気が出るやつ」とか、とにかくその人が好きなアーティストの新作とか、好きなジャンルの中でニューカマーと遭遇した時に“ビビッ”とくる。これが「きっかけ1」。
もうひとつは、全く思ってもみない方向から、思いもよらないグッド・ミュージックに、心をズキュンと撃ち抜いた時。
よくミュージシャンなんかが「初めて○○を聴いた時は衝撃を受けた。“こんなすげぇ音楽がこの世にあったなんて!”って思ったよ。」でもいいし、「何気に入ったお店で聴いたこともないような音楽が流れてて、それがずーーっと気になって・・・」というのもある。これが「きっかけ2」。
で、トム・ウェイツだ。
トム・ウェイツ
訥々と訴えるような力強さを持った、あのしわがれ声はカッコイイし、ブルースやフォークなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックの良質なエッセンスをふんだんに盛り込んだ楽曲や演奏のスタイルもなかなかに粋だ。
個人的にはボブ・ディランやニール・ヤングと並べて愛聴し、崇拝している。
それこそ「きっかけ1」の最たる音楽だが、つい最近、慣れ親しんだはずのトム・ウェイツに「きっかけ2」の衝撃をいきなり浴びせられてしまった。
『不毛地帯』のエンディング
唐沢寿明主演のドラマ『不毛地帯』。
陸軍のエリート参謀として戦局を左右する数々の作戦に関わってきた主人公が、シベリアでの過酷な抑留生活を経て復員。
今度は一流企業の幹部社員として、高度経済成長の渦の中で、過去の因果と野心とが複雑に絡み合わせながら生きてゆく人間模様を描いた大作だったが、そのエンディング・テーマには、何とトム・ウェイツの《トム・トラバーツ・ブルース》が使われていたのだ。
ゴールデンタイムのテレビからトム・ウェイツの歌声流れてくる事にまず驚いたが、それ以上にエンディング映像(徐々に画面がクローズアップされ、吹雪の雪原から捕虜収容所の建物が現れ、やがてその一画に背広姿で立ち尽くす主人公のアップへと流れていく演出)と、《トム・トラバーツ・ブルース》の、もうどうしようもないぐらいの噛み合いぶりに、激しく心打たれた。
この番組によって「きっかけ2」を浴びせられてからは、トム・ウェイツの歌そのものを、一種の上質な映像作品のように思える。
記:2014/09/06
text by
●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル)
※『奄美新聞』2010年4月10日「音庫知新かわら版」掲載記事を加筆修正