バーの女

      2015/12/30

glass

嵐山光三郎は若い頃、ある年輩の人から、「君は若いからビール党なのだろうけれども、年を取ってくるとだんだんウイスキー党になってくるものだよ。」と言われて、実際その通りになったという話を彼の何かのエッセイに書いていた。

そのエッセイを読んで、「へぇ、そういうものなのかな」と思っていた私は、つい最近まではビール党(といってもピルスナータイプのみだが)だった。
しかし、最近はウイスキー党だ。

なにしろ、グラッパ(40度以上)をガバガバ飲んでも平気なカラダになってしまったのだ。たくさんの量の酒をガブガブと飲んで酔っぱらうよりも、少ない量で効率よく良い気分になりたい。ビールのように薄い酒を飲んでいるだけでは、いつまでたっても酔いが回ってこない。酔いが回る前に腹が一杯になってしまう。

したがって、最近はもっぱらウイスキー、もしくはバーボン。
寝る前の読書のつれづれに2~3杯ひっかけることが多いのだが、最近はよく独りで飲みに行くようになった。

会社帰りに安い居酒屋で軽く数杯、といきたいところだが、私が仕事を終える時間というのは、終電終了後ということが多いので、どうしても深夜から朝方にかけて営業している店に足が向いてしまう。

私が勝手に「俺様の隠れ家」と呼んでいるお気に入りの店が都内に3軒ほどある。それぞれ別の繁華街にあるので、その日の気分と都合で店を変えている。
私のお気に入りの店には共通点がある。
低いボリュームでジャズが流れていて、内装が綺麗。値段がそれほど高くない。ロックのグラスの中の氷が綺麗。カウンターに独りで座ってもサマになりそうな雰囲気。バーテンの接客が心地よい上に、必要以上なことを話しかけない、つまりポイントは押さえつつも適度に放っておいてくれる。そして当然酒がウマイ。
上記のような共通した特徴があるが、まぁ多分に私の趣味も入っているので、他の人がその店に行っても必ずやその人にとっての良い酒になる保証はないのだけれど。

さて、前置きが長くなってしまったが、そして突然なのだが、「俺様の隠れ家パート3(謎)」のカウンターの向こうの女性が恰好いい。男装がサマになるキリッとした女性は恰好がいいと相場は決まっているものだが(「俺相場」ですが…)、彼女も例に漏れず非常に恰好いい。

私は「宝塚」にはまったく興味はないのだが、男装がサマになる女性は好きだ。男装することによる効果なのかどうなのかはよく分からないが、キリッとした雰囲気が漂う。
少なくともコンビニのエプロンかけた姉ちゃんや、ファーストフードの制服を着た高校生&おばちゃんよりかは、キビキビした動作をこなしそうに見える。
そして目つきがちょっと戦闘的だ。
そう、まさにその店の「カウンターの向こう側の女性」全体から漂う雰囲気は戦闘的なのだ。キビキビした彼女が漂わす雰囲気には惹かれる。

彼女はバーテンではない。いつもグラスを洗ったり磨いたりしている。その時の目付きが良い。妥協を許さぬ眼差しで、グラスについたほんの僅かな汚れも逃さないぞ、という表情で天井から来る薄明るい光にグラスを照らしている。
低めの身長の彼女だが、男装のせいかもしれない、実際の身長よりも少し高く見える。姿勢が良いということもあるし、動作の一挙一動に対する自信の表れ、ともとれる。そして、当然美人だ。

しかし、彼女は笑わない。いや、少なくとも私は彼女が笑っているところを見たことがない。
いつも不機嫌な顔をしている。アゴをクイッとちょっとだけ前に突き出して何かに常に腹を立てているような雰囲気がある。しかし、美人だからか、逆にサマにもなってもいる。

これはあるバーの人から聞いた話なのだが、たとえばちょっとオシャレなバーに一見の客や、店にとってあまり嬉しくない客が来たとする。その客がカウンターの真ん中、つまりバーテンの正面に座ろうとするとどうなるか。たいていのバーでは「奥の席方が空いていますので、そちらにどうぞ」となる。つまり、「俺の正面に座ってくれるな」という遠まわしな意思表示なわけだ。
だとすると、私は少なくとも嫌われているわけではなさそうだ。
というのも、私が一人でそこのバーに行くと通される席がいつもカウンター中央よりほんの少しだけ右よりの場所だから。
その場所は、ちょうど洗ったグラスを置いてある場所。そう、つまり、彼女のレギュラー・ポジションのまん前なのだ。
私の正面で彼女はいつもグラスをツンとしたクールな表情で拭いている。一人で飲んでいるわけだから、目をやる場所はカウンターの奥にあるおびただしい数のボトル群か、グラスを拭いている彼女しかない。
だから否が応でも彼女のことが目に入ってきてしまう席なのだ。

彼女は、私の存在を綺麗に無視してグラスを丁寧に拭いている。私もなるべく彼女のことをジロジロと見ないように、煙草の煙やグラスの中の綺麗な氷を見つめる。時折チラッと顔をあげて正面を向くと、彼女が変わらぬ表情と動作で淡々とグラスを天井の灯りにかざしている。

気まずさはまったく感じないし、むしろこういった状態で時間の流れ方に身をまかすのも悪くないな、と思いつつ私はウイスキーをあおり、彼女に「もう一杯」と告げる。彼女は一瞬だけ私の目を見て、軽く不機嫌そうに頷き、バーテンに小声でオーダーを告げる。バーテンが私の前に新しいグラスを差し出すと、これをキッカケに彼は私にちょっとした世間話を持ちかける。話が弾みそうになる直前に、彼女はバーテンのことをつっつき「オーダーが入りました」と告げて、私とバーテンの会話は打ち切りになる。
いつもこの繰り返し。

そんな彼女は確かに恰好いいのだが、ちょっとでも微笑めばもっと可愛いのにな、とも思う。ツンとした表情の似合う美人なのだが、この「ツン」もちょっとだけ笑顔になるとものすごくイイ女になるのにな、といつも思う。私の知る限り、彼女が微笑んだ顔は一回も見たことがない。
だから、余計そういった余計なお世話的な想像力が掻き立てられる。

カウンターで考え事をしたり、煙草を吸ったり、酒をゆっくり口の中で転がして味わってみたり、そしてふと顔を上げると、相変らず彼女はツンとした戦闘的な表情で淡々とグラスを天井に透かしている。これの繰り返し。
だが、なかなか贅沢な時間の過ごし方だとも思っている。

気さくで、行く度に歓迎してくれる店も確かに良い。

しかし、あまり慣れ合い同士の仲になってしまうと純粋に酒を飲みに行ってるんだか、世間話をしにいっているんだかよく分からなくなってしまう。

もちろん世間話や、数人でワイワイ盛り上がって飲む酒も私は好きだ。しかし、純粋に酒そのものを楽しむのなら一人が良い。
そして、居心地の良いバーは「一人」という状態を楽しめる。

「一人」という状態を楽しむために映画館へ行くという人もいるが、そこまでしなくても軽く小一時間良い気分で「一人」になれるバーが身近にある自分は単純に幸せだと思う。そして、そこに足を運ぶと、ちょっとだけ気になる女性が戦闘的な目つきで淡々とグラスを拭いたり、アイスピックで氷を刺している……。

なかなか悪くない時間の過ごし方ではないか、と自分では思っている。
ちょっとオジサンくさいかもしれないが…(笑)

記:2000/12/21

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