キアズマ/山下洋輔
これは凄い!
先日、山下洋輔が'70年代中盤にヨーロッパのハイデルベルグ・ジャズ・フェスティバルで演奏した模様がCD化されているのを店頭で見つけ、早速購入した。
アルバムタイトルは『キアズマ』。
折しも、当時のヨーロッパツアーの模様を克明に描いたエッセイ、『洋輔旅日記』(晶文社)を読んでいたところだったので、タイミング的にはちょうど良かった。
早速、聴いてみる。
凄い!!!
冒頭からパワー炸裂!
いや、失礼。
1曲目はピアノとドラムのデュオ、2曲目はピアノソロで、本領発揮は3曲目からだった。
だが、ただならぬ気配と妖気は既に濃厚に漂いはじめている。
満を辞して、いよいよ坂田明参加の3曲目《キアズマ》が始まる。
こいつは相当凄い!
私は、《キアズマ》という曲は、『フローズン・デイズ』というスタジオ録音盤でしか聴いたことがなかった。
そちらの印象はどちらかと言うと、ヘッポコ・テーマのオンボロ曲というような印象しか持てなかった。
ゆっくり目のテンポだったからなのかもしれない。
録音のせいなのかもしれない。
また、抑制が取れ過ぎて、なんとなく「日本独特の湿り気」「わび・さび」「ちょっと妖怪が出てきそうな湿度の高さ」のようなものを感じて、すごく箱庭的に小じんまりとした印象を受けたものだった。
だが、このハイデルベルク・ジャズフェスティバルでの演奏は違う。
もう最初から暴走、暴走!!
物凄いテンション。
あの、「ヘッポコ・メロディ」が鋭い刃となって、こちらを切り刻んでくる。「日本的なワビ・サビ」など微塵も感じられない。
森山威男の脳天釘打ちドラム、
坂田明のキレまくったアルト。
そして山下洋輔のピアノの野獣っぷりといったら……。
手に汗を握りっぱなしの演奏。
こちらも気合いをいれておかないと、音の塊で圧死しそうなほどのテンションの高さ。
ほとんど格闘技の世界だ。
そして演奏が終わった後の、カタルシスといったら!こんなにCDから衝撃を受けたのは本当に久しぶりの出来事だった。
山下とは全く違うタイプのフリージャズのピアニストではセシル・テイラ-がいる。
彼の予測不能な一筋縄ではいかない展開にも脳がくすぐられて、個人的には大好きなピアニストなのだが、全く逆を行く「ものすごく分かりやすい展開」をする山下洋輔の演奏も好きだ。
「行け!」と思えば「行って」くれるし、「ここで突っ込め!」と思ったところで、本当に突っこんでくれる。そして最後は必ず勝つ(勝つ=聴き手にカタルシスをもたらしてくれる)。
下手なスポーツの試合を観て、予想通りの展開にならずにストレスを溜めるよりは、よっぽど山下の演奏の方が精神衛生には良い。
最近の山下洋輔しか知らない人(NHKの「ジャズの掟」で始めて知った人とか)がいたら、是非70年代の山下洋輔も聴いてみて下さい。
あの人の良さそうなオジサンにもこんなに凄い過去があったのかとビックリすること受け合い。
『キアズマ』の他にも『クレイ』というアルバムもオススメ。『キアズマ』同様、当時のヨーロッパを荒らしまくっていた時代の演奏だ。
特に冒頭の《ミナのセカンドテーマ》では、《キアズマ》の泣く子も黙る有無を言わせない暴走颱風っぷりとはひと味違う、不気味な嵐の前の静けさと、演奏炸裂前の不吉な予感(?)も楽しめる。
そして、こちらもかなり凄い。
記:1999/04/04
album data
CHIASMA (MPS)
- 山下洋輔
1.ダブル・ヘリックス
2.ニタ
3.キアズマ
4.ホース・トリップ
5.イントロ・ハチ
6.ハチ
山下洋輔(p)
坂田明(as)
森山威男(ds)
1975/06/06
追記
“キアズマ”って、いったいどういう意味なんだろうと思って調べてみたら、睾丸で染色体の切りばり交換をするところなのだという。
同山下グループ時に彼が作った曲で《ミトコンドリア》という曲もあるし、彼が上京した時に結成したバンドが「細胞分裂」。
さすが、水畜産学部水産学科出身なだけあってか、生物チックなネーミングが好きなようだ。
ちなみに最近は、ミジンコ飼育家としても有名で、小中学生相手に「ミジンコ教室」も開いているようだ。
記:2002/12/28
関連記事
>>クレイ/山下洋輔