コンセンティング・アダルツ/M.T.B.
ショーターの《リンボ》
ウェイン・ショーターが作曲した曲には印象的なナンバーが多い。
たとえば《ネフェルティティ》。
たとえば《ピノキオ》。
ベタなところでは《フット・プリンツ》。
そして忘れちゃいけない《リンボ》。
私は《リンボ》という曲に思い入れがある。
べつに細野さん(細野晴臣)が、『フィル・ハーモニー』で《リンボ》という曲を吹き込み、YMOが『サーヴィス』で、《リンボ》という同名異曲をやっているからではない。
いや、それも少しあるか。
だからこそ、《リンボ》という言葉に妙に反応してしまい、ああやっぱり「リンボ」と名のつく曲は、そこはかとなくヘンなところもあるが、妙にじわりとくる名曲ばかりだなあと思うわけだ。
ショーターの《リンボ》は、マイルス・デイヴィスの『ソーサラー』バージョンも捨てがたいが、個人的には、ペトルチアーニとジム・ホール、そして作曲者本人のショーターの3人が奏でる『パワー・オブ・スリー』のバージョンが好きだったりする。
参考:パワー・オブ・スリー/ミシェル・ペトルチアーニ、ウェイン・ショーター、ジム・ホールもっとほかにも「聴けるリンボ」はないものかと考えていたら、ありました、ありました、M.T.B.が奏でるスピード感あふれる《リンボ》が。
スルリ、スルリと滑らかに進みゆく《リンボ》の演奏は、嗚呼、気持ちよか。
とにかく巧い、破綻がない
《リンボ》に限らずだが、とにかく巧い!
これだけの演奏力があれば、ものすごく気持ち良いだろうなと思わせるナンバーの連続だ。
とにかく、破綻がない。
工夫をした痕跡はいたるところに認められるが、苦労したあとは微塵も感じられない。
楽器奏者であれば、誰しもがこれぐらいの腕になりたいと憧れるだろうし、と同時に、共演するメンバーもこれだけのレベルが揃っていれば、体力が続く限り、何十曲でも何百曲でも演奏を続けていたいと思うことだろう。
それもそのはず、このM.T.B.のメンバーは、テナーサックスがマーク・ターナー、ギターがピーター・バーンスタイン、ピアノがブラッド・メルドー、ベースがラリー・グレナディア、ドラムスがジェフ・バラードという俊英の集まりなのだ。
粒ぞろいの若手名手たちによる、粒ぞろいの演奏を楽しめるのが、M.T.B.の「コンセンティング・アダルツ』なのだ。
40年後の《リトル・メロネー》
特に、彼らのスマートな演奏っぷりは、2バージョンに分かれて収録されている《リトル・メロネー》に顕著だ。
この曲はジャッキー・マクリーンを代表する1曲と言っても過言ではなく、通称、「猫のマクリーン」、『ジャッキー・マクリーン・クインテット』に収録されているバージョンを愛聴しているジャズファンも多いことだろう。
マクリーン特有の、ちょっと詰まった感じの演奏も魅力だが、M.T.B.による、潤いの成分を多分に含み、詰まりの要素がまったく感じられない演奏を聴くと、およそ40年という時間の隔たりを如実に体感することが出来るだろう。
モノクロ映画を見た後に鑑賞する、CGがふんだんに盛り込まれた最近の映画を見た時のギャップに近いもしれない。
もちろん、どちらが良くて、どちらが悪いというわけでもなく、古い方が劣っていて(優れていて)、新しい方が優れている(劣っている)というのではない。
どちらの演奏も素晴らしい。
演奏スタイルは時代によって変われど、ジャズの美味しさの鮮度は両者とも落ちていないからだ。
抑制と協調性
マーク・ターナーも、ブラッド・メルドーも、ピーター・バーンスタインも確固とした己のスタイルを持つジャズマンだが、アクの強い自己主張は慎み、各メンバーとの緊密な連携と協調性に重きを置くスタイルを優先させているように感じる。
だからと言って、演奏の勢いが全く削がれないどころか、「抑える」ことによって逆に生み出される新たなテイストも感じられるので、やはり彼らは「巧い」としか言いようがない。
潤いある演奏をオーディオ装置で、さらに艶やかに磨くのも良し、楽器奏者にとっては、練習のモチベーションを高める格好の素材となることだろう。
記:2017/05/20
album data
CONCENTING ADULTS (Criss Cross)
- M.T.B.
1.Belief
2.Little Melonae I
3.Phantasm
4.Afterglow
5.Limbo
6.Consenting Adults
7.From This Moment On
8.Peace
9.Little Melonae II
Mark Turner (ts)
Peter Bernstein (g)
Brad Mehldau (p)
Larry Grenadier (b)
Leon Parker (ds)
1994/12/26